「俺はお前に惚れてると云わなかったか?」

感情の読めない淡淡とした気配。こういうトコ、哲っちゃんとも遊佐とも違って仁兄は分かりづらい。
 
「・・・みんなもそう言うけど仁兄、あたしにそんなの見せたコトないよね?」

「真しか目に入ってねぇから気付かないだけだ。・・・現に親父も真も知ってたろうが」

反論されてバツが悪いあたし。

・・・だってどの辺が?全く身に覚えがないんだもん。思わず眉を顰めると、げんなりした顔をされた。

「・・・いい、考えるな。これから分かりやすく口説いてやりゃ済む話だ」

「だからあたしは」

「俺が引いたところで真はお前と結婚するのか。あの脚が動かない限り、あいつにはその選択肢は永久にないぞ」

「それならあたしは誰とも結婚しない」
 
「臼井の家を潰す気か?」

仁兄の気配が少し変わった。でも怯まない。ここで折れ曲がったらぜんぶ無くなる、あたしから・・・!

「大姐さんや親父達の愛情を土足で踏みにじっても、その責任を放棄するって訳か。血を残すのはお前の義務だ。・・・宮子にしか出来ないんだぞ」

正論の矢に次々と射抜かれて血が流れ出す。痛みを堪えながらまだ足掻く。死ねない、まだ。

「じゃあ、あたしの意思なんかどうだっていいの?あたしと遊佐を引き離して、あたしを手に入れれば仁兄は気が済むのっ?出世にあたしを利用したいだけでしょ・・・っっ」 

少しずつ感情的になって顔を歪めるあたしに、仁兄はあくまで冷静だった。
 
「・・・そう思いたいなら好きにしろ。真と約束した以上、命に代えて守り抜く。・・・それだけだ」

肌で感じた仁兄の鋼の意志。本気になったら、あたしをへし折るのなんかもっと簡単なんだろう。

触れられてもないのに、力尽くで両腕を抑え込まれてる気がした。逃げ道なんか有りはしないって。
 
「・・・・・・帰る」

あたしはバッグを手にソファから立ち上がった。今の仁兄にはこれ以上通用しない、きっと。

「送る」

「いい、榊を呼ぶから」

「宮子」

「時間取らせてごめん。・・・じゃあね」

リビングのドアを抜け廊下に出たところで、まさか後ろから腕を掴まえられると思わなかった。あっという間で声も出なかった。引っ張られて何かにぶつかったと思ったら、唇が半開きのまま塞がれて、そこから遠慮なしに舌が入り込んだ。

背中から回った腕があたしの肩ごとホールドして、抵抗しようにも身動きできない。顔を背けようとしても角度を変えて仁兄は追って来る。

次第に逃げ切れなくなって、されるがままになった。男の力で蹂躙しようとするその嫌悪感に耐えながら、仁兄が飽きるまで。

やっと離れた時、あたしは思いっきり押しのけて「・・・最低」と呟いた。

「・・・こうでもしなけりゃ、お前はいつまで経っても真から離れられないだろうが」

「こんなことしてもあたしは遊佐しか愛してないから」

仁兄を睨み据え、玄関に向かって体を翻し。パンプスに足を突っ込んでドアを開け放つ。一瞬、追いかけてくるかと思ったけどその気配は無かった。

キスなんて。“お兄ちゃん”としたぐらいどうってコトない。唇を噛みしめて、あたしはエレベーターが上がって来るのを焦れながら待つしかなかった。