四十分ほどした頃。あたしよりも歳がちょっと上ぐらいかなって、キツネ顔の男性がひとり店に入って来た。
 Tシャツの上にシャツを羽織ったジーンズ姿。茶髪でサイドを刈り上げたスタイルは普通の人っぽいけど、空気が違う。遊佐と・・・同じ匂いがする。

「・・・っス」

 その人は初対面にも関わらず、ユキちゃんより前にあたしに向かって軽く頭を下げ、それからカウンターの向こうのお兄さんに「・・・この貸しは高くつくって憶えとけ、雪緒(ゆきお)」と低く凄んだ。

「本家のお嬢に顔を憶えてもらえるなんて光栄でしょ?」

「・・・余計な世話だっつの」

 しれっと言ったユキちゃんへの不愛想加減といい、榊と被さってしょうがない。
 前置きもなく、無表情に彼がこっちを向いた。

「・・・車、前に停めてるんで・・・いいスか」

「あ、・・・はい!」

 ここを出るのを促され、慌ててバッグに手を伸ばす。

「ユキちゃん、お会計っ」

「いいわよ。あとでジン君かマコトちゃんにつけとくわね」

 彼女らしい物言いで。

 また来るね、と手を振り慌ただしく店を出ると、目の前の道路にハザードランプを点滅させた黒のスイフト。
 後部シートに乗り込むと、すぐにそこそこの加速で発進した。ハンドルさばきを見てると、昔は大勢で警察と遊びながら走ってた名残りがあるよーな、無いような?

 自分でもどうしてこんなコトになってるのか、よく分からないまま。
 いきなり呼び出された彼の身になったら、かなり申し訳なく思えて。

「・・・あの。・・・すみません突然。こんな時間に」

 おそるおそる。

「・・・別に大丈夫なんで」

 素っ気ない感じもまさに榊。

 腕時計をそっと見やると九時十五分すぎ。
 会社が終わってから一旦マンションに帰り、車を置いて亞莉栖に来た。多分七時前には着いて、二時間余りユキちゃんに慰めてもらってた計算だ。
 っていうか。
 いくら何でも相澤さんの留守中に勝手にお邪魔していいもの?
 哲っちゃんに言っとくべきなのかなぁ、どうしよ。

 次第に不安になってきて、躊躇いがちに訊ねてみた。

「あのでも、奥さんにご迷惑なんじゃ・・・?」

「あー・・・、特に」

 えーと、なんだろ。奥さんの方が立ち位置が下・・・みたいに聴こえたのは気のせいかなぁ? 言っても『若頭代理』の奥さんだよねぇ? 


 あたしが話しかけない限り、弟さんが口を開くコトもなく。お店での彼のリアクションを思い返せば、ユキちゃんの話を振るのも逆効果な気がして。いたたまれない沈黙の中、到着をひたすら願うあたしだった。