夜も眠れてなかった所為か、そのままうたた寝してたらしかった。
 何かの気配で目が醒めると。エアコンが効いてて、躰には服の上から男物のスーツの上着が掛けられてた。
 榊・・・?
 起き上がり、キッチンと部屋を仕切ったアクリル引き戸の向こう側を覗く。

「・・・・・・哲っちゃん・・・」

 ブルーのシャツの袖をまくって、包丁を小気味よくリズム刻んでる後ろ姿に、目を見張った。

「起こしたかい」

 振り返った哲っちゃんは淡く笑んでから、また手元を動かし始める。
 ガスコンロにはお鍋がかかって、お出汁の香りがほんのり漂ってた。

「・・・どうしたの、いきなり」

 ここの鍵は榊と瑤子ママにも渡してあって。だから哲っちゃんが居てもおかしくない。・・・けど。来たコトなんて一度も無かったのに。

「ここんとこ、ロクに食べてないんだろう・・・? じきに出来るから待っときな」

 その言葉にあたしは息を吐く。
 口止めしといたのに、・・・榊のバカ。


 あの夜。探しに来た榊に詰め寄られて、あたしは涙ながら仁兄と遊佐のコトを話すしかなかった。

『・・・あのバカが・・・ッ』

 榊は大きなガタイを一瞬震わせ、ちょっと乱暴にあたしを引き寄せると、黙って自分の胸で泣かせてくれた。
 落ち着いてからあたしは頼んだ。

『・・・・・・哲っちゃんには・・・まだ云わないで・・・』

 大ごとになったら、もしかしたら仁兄との結婚話がなし崩しに進んじゃうかも知れない。それだけはどうしても嫌だった。
 もうどうにもならないかも知れない。まだほんの僅かでも何か、・・・何か道があるかも知れない。藁にもすがる思いだった。

 
「・・・・・・おばあちゃん達も、知ってる・・・?」

 あたしはノロノロと近寄ってって、哲っちゃんの背中におでこを寄せた。

「大姐さんにだけな・・・。取りあえず俺が預からせてもらってるよ。愚息どもの尻拭いも親の務めだ」 

「言うなって言ったのに・・・」

 相変わらずの渋い声を聴きながら、思わず愚痴を零すと。

「・・・真の様子見りゃ察しはつくってもんさ。榊の口を割らせたのは俺だ、責めるなよ?」

 笑った気配がした。