遊佐は前を向いたまま何も答えなかった。・・・それが答えだった。

「・・・・・・仁兄が本当に遊佐からあたしを横取りしたいなら、こんな回りくどいやり方しないよ。それにね」
 
 足を止めると回り込んで目の前に立つ。

「・・・遊佐の気持ちばっかり代弁してた。弟思いすぎでしょ」

 ひじ掛けに頬杖をつき、しばらく黙ったままの遊佐を、上から見下ろして何か言うのを待った。 
 あたしが。仁兄との結婚なんて承知するわけないのを知ってて、なんで仕掛けたの。

 オリーブアッシュの髪が揺れて。遊佐があたしを見上げた。深く目が合ったのは一瞬。淡い笑みが滲んでた。

「仁兄が宮子を好きなのはホントだけどな」

 目を見張るあたしに、困ったように笑った。

「でなきゃ頼めねーって。オレの大事な女なのに」

「・・・・・・あんた言ってるコトめちゃくちゃ・・・」

 大事な女。
 ただそれだけで涙腺が半分崩壊した。鼻をすすり上げて、必死に涙を堪える。

「でもそれしかないからさ。オマエは・・・仁兄と結婚しな」

 なによ、それ。
 言い返そうとしたのに。その前に涙腺がぜんぶ堰を切っちゃったから。
 遊佐が腕を引っ張って、膝の上に座らせたあたしをきつく抱き締めちゃったから。

 子供みたいにしゃくり上げて泣くしかなかった。
 躰を震わせて嗚咽して。

「・・・宮子・・・ッ」

 振り絞るみたいな遊佐の声を聴いた。抱き込む腕にもっと力が籠って。
 痛いのか苦しいのか、悲しいのか怒りたいのかすら。
 何もかも全部がもうグチャグチャで。


 このまま壊れて真っ白になっちゃいたかった。



 聴きたくなかった。





 他の男と結婚しろなんて。そんな死ぬほど残酷な、愛の告白なんか。