しばらくして榊が戻ると、遊佐の表情も何もなかったみたいに戻ってた。
 あたしにキスを落とし,悪戯っぽく笑う。

「オレはもーちょい呑んでくから。俊哉にきっちり送ってもらいな」

「・・・うん。じゃあまた土曜日ね?」

「ん。オヤスミ」

 おでこに締め括りのキス。
 ユキちゃんにも心からお礼を言って店を出た。
 
 歩道を挟んだ路上に停車してたセレナの後部シートに、半分押し込まれるみたいに乗せられ。発進した車内であたしは後ろから猛抗議。

「さか・・・っ、もうちょっと丁寧に扱いなさいよッ」

「シートベルト。・・・しとけよ」

 低い声でにべも無い。その後はダンマリで。
 遊佐が付いて来なかった理由がようやく分かった。何かあったのかって、あたしに追及されたくなかったから。榊なら絶対に口を割らないし。
 
「・・・もうっ」

 わざと口に出して大きく溜め息を漏らした。

「あのさ、榊」

「・・・・・・・・・」

 応答なし。どんだけよ、あんたは! 
 こっちも負けない。地の底を這うような本気声で。

「・・・返事くらいしないと絶交するよ?」

「・・・・・・なんだよ」

「ナンかあったの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 まあね。言うハズないのは知ってるけど。
 質問を変える。

「遊佐を残して来ても平気?」

「・・・ああ」

 あの脚じゃ、何かあってもどうしようもなくなる。榊が心配してないなら、それほどのコトじゃない。心底ホッとした。

 背もたれに躰を預け、車窓越しに闇に流れてく光りの帯をぼんやり眺めながら。

「・・・・・・ねぇ榊」

「・・・なんだ」

「あたしはいいから。・・・あんたは遊佐を守ってやってよ」

 これを口に出して言ったのは初めてだなぁと思った。
 自分でもどうして伝える気になったのか。

 ややあって榊がポツンと答えた。

「お前ら二人して、同じこと言ってんじゃねぇよ・・・」