最後に。仁兄が姿を見せた。
 黒のモーニングコートに、シルバーの斜めストライプ柄のアスコットタイ。ライトとチャコールのグレイのベストと、スラックス。フォーマルグローブを片手にあたしの前に立った。

「・・・似合ってるな。今まで見た中で一番綺麗な女だ」

「ありがと・・・」

 思わない優しげな眼差しに、感じた居たたまれなさを押し隠してあたしは笑んだ。

「仁兄もすごくイイ男だよ」

 前髪に少しボリュームを持たせてサイドに流し、男らしいっていうより大人っぽい。
 口角を上げて見せる仁兄。

「惚れ直したか?」

「・・・昔からずっと大好きだけどね」

 これはあたしの本心。そして。たぶん最後の告白。

「俺もお前を・・・愛してるさ」

 銀縁の眼鏡の奥からじっと見つめ返される。

「・・・必ず幸せにしてやる。だから俺の傍にいろ」

 仁兄からの。最後のプロポーズを。
 あたしは微笑みだけで受け止めた。
 



 ごめんなさい仁兄。

 仁兄と結婚して臼井の家を継ぐのが、最良の選択(みち)だって分かってて。選ばないあたしを赦さないでいいから。

 ワガママで自分勝手で、遊佐の気持ちを踏みにじる最低のバカ女だって見捨ててね。
 

「・・・・・・仁兄に愛されて十分幸せだったよ、あたし・・・」

 一人になった控室で堪えきれずに涙が零れた。贖いきれないだろう罪の涙が。

 それを振り切って大きく空(くう)を仰ぐ。


 ・・・・・・遊佐。


 ココロの中で名前を呼ぶ。・・・深呼吸。何度も。


「大丈夫。・・・まだ戦える」


 自分に言い聞かせて。