叫んでる安藤さんに殴られる準備は出来ていた。
教室にいる冷たい人の視線が、一気にこちらに集中して、まるで異空間。
みんな、安藤さんに逆らうつもりはないし、そもそも大して喋ったこともない私を助けるわけがない。
ーーふと。
教室の開きっぱなしのドアのほうに目をやれば、鋭い突き刺すような視線と目が合った。
ごくりと、唾を飲んで彼を見る。
ズボンに突っ込んでいた手を出して、教室に足を踏み入れる利生君。
一歩一歩近づいて、私と安藤さんの目の前で止まる。
安藤さんのおでこから汗がタラリと滑り落ちて、私の机を濡らした。
「どうしたの、安藤さん。今から羽子のこと殴るんでしょ?続けなよ」
利生君が冷静だと、逆に相手は戸惑ってしまう。
私のことを助けない利生君を見て、安藤さんは震える拳を握ったまま、殴るに殴れない。
人はやってはいけない事を“やれ“と言われたら、そう簡単には出来ない生き物なんだ。


