次の日、彼女は進級早々孤立した。
昨日の一件があってからかそれとも今までの経験や噂からか、誰も彼女に近づこうとしない。
近づくのは彼女に心ない言葉を吐いておもしろがる連中ばかりだ。
それが当たり前になっていた。
そんな「日常」が「いじめ」だとも気づかずに。
ただ一つだけ言うなら、彼女は変なことをしなければ「普通」の女子中学生だったのだ。
だけど「普通」は「異常」にかき消される。
些細な悪口は毎日続いた。
「気持ち悪い」「キチガイ」「学校に来るな」。
発した言葉のナイフはどれくらい深く彼女の心臓をえぐったのだろう。
この時は気づきもしなかった。
傷つかない人間など、この世に一人としているわけがないのだ。
そんな毎日が二か月続き、六月となった。
この月は梅雨の時期で毎日のように飽きもせず雨が降る。
そして彼女も毎日飽きもせず濡れて学校に来る。
小雨だろうと大雨だろうと傘なんて差さない。
頭からつま先まで全身びしゃびしゃにして学校へ来るものだから、玄関から教室まで彼女の足跡がついて回る。
何度か先生に注意されたのも見た。
「傘を差しなさい」「廊下が濡れるとほかの生徒が滑って転んで怪我をするからやめなさい」
だけどやめる気はさらさらないらしい。
次の日もそのまた次の日も制服を濡らして、雨の中を踊っていた。
くるりくるくる。
なにがそんなに楽しいのか、彼女は口を開けて笑って回り続ける。
そんな姿をずっと見てきた。
そう言えば。
彼女の笑った顔、教室で一度も見たことがない。
彼女が笑う時は必ずと言っていい程雨の中だ。
そりゃそうか。
こんな陰口ばかりの教室で笑ってなんていられない。
濡れた制服のまま教室に入れば、ひそひそとした話し声がクラスを埋め尽くす。
「床拭けよ」
「汚いんだよ」
「まじでキモい」
「もう学校にくんなっつうの」
もはやみんなコレが「いじめ」とは思っていない
悪口なんてみんな言っている。
「多数」が集まればそれはもう「普通」になるのだ。
「普通」は「いじめ」ではない。
この考えが「異常」だとは思わなかった。
そんな彼女を見ているとなんだかかわいそうになってきた。
彼女はいつも一人だ。
話す相手もいない。
雨の中、あんなに楽しそうに笑っていた彼女は、教室では口を一門字に結んで笑う気配なんて一切ない。
かわいそうだとは思う。
思うけど、それ以上何ができるわけでもないから何もしない。
そういう人間なんです。
そっちのほうが生きていくうえで楽だから。
