「そんな訳ないじゃない」

ムスッと机に向き直ってる。

ん、言い方間違えたかな?

「じゃ、じゃあ何で?」

聞き返すと、広海君が机の上に広げていた本を指差した。

「ゼミが始まるまでにテキスト訳しとこうって思ったのよ。これ書いた人、キャンデローロっていう、教授のフランスの友達らしいのよね」

「フランスの?」

教授にそんな友達がいたのか。

「そう。だからフランス語なのよ。何でそんな人と知り合いなのよぉ、あの教授は。私フランス語苦手なのにぃ、もう!」

フクれる広海君。

「…なぁ、まだ、怒ってるのか?」

恐る恐る聞いてみた。

何とか仲直りしたいんだよ。

と広海君が、本に目を落としたまま返してきた。

「怒ってなんかないわよっ」

って、その言い方が怒ってるよぉ~。

(仲直りの糸口どころじゃないな)

こりゃあ下手に触ると大怪我しそうだ。

大人しくしていよう。

触らぬ神に祟りなし、って言うしな。