「他に分からないことはあるか?」


「今のところ大丈夫かな。
ほんと、コタと唯には助けられた」


ドアの向こうから聞こえてくる、虎太郎さんと明希ちゃんの会話。

美術準備室の前に立ち、私は深呼吸をした。


虎太郎さんから、放課後話があるとメッセージが来ていた。

多分、私のことを忘れている明希ちゃんと対面させないように気を遣ってくれたのだろう。


明希ちゃんの備忘録はもうない。

でも、現実から目を背けることはできない。

したくない。


「本当はもうひとり、」


虎太郎さんのそんな声が聞こえてきたのとほぼ同時に、私は美術準備室のドアを開けた。


見慣れた景色の中、窓を背に、窓枠に軽く腰をかけて立つ彼の姿を見つけた。


彼のふたつのビードロみたいな瞳が、少し驚いたように私を映す。