遠くを見つめるように目を細めた彼女は、今にでもどこかへ行ってしまいそうだった。

危うい気配を感じた僕は、再び彼女を抱きしめる。


「…エラ。」


「…なぁに?」


僕は、うわ言のように呟いた。


「…僕と逃げようか。」


「…!」


「どこか…不思議の国より、もっと遠い…。…誰も、僕らを知らない場所に…」


エラは、黙り込んで何も言わなかった。

やがて、くすり、と小さく笑う声が聞こえる。


「…ありがとう。…湊人くんは、いつも私の欲しい言葉をくれるね。」


彼女を抱きしめる僕の手に、温かな雫が落ちた。

エラは、小さく泣いていた。

現実では叶わないことを、僕らはお互いに理解していた。

だが、せめて今だけ。

今だけでいいから。

夢のような戯言に、身を委ねたままでいたかった。

君が僕の前から消える気配を、少しだけでいいから消したかった。


「…湊人くん。…もう少し、このままでいい…?」


「…うん。…今、僕もそう言おうと思ってた。」


このまま、時が止まればいいと思った。

そんな、まるで、おとぎ話みたいなありふれた願望がこみ上げた。


「…湊人くん。後で、一緒に写真を撮ろうよ。」


「写真?」


「うん。…形に残る思い出が欲しくて。」


ぽつり、とそう言った彼女は、どこか遠くを見るような瞳をしていた。

…窓の外は、もう雨が上がっていた。