「私はいいからっ! 結婚なんてしたくもないし、彼氏は自分で探すわ」

本心から那央は、涼磨の紹介を得たいとは思っていなかった。

堅苦しい口調で、冷静に仕事をさばく涼磨は、仕事もプライベートも明るく楽しくがモットーの那央とは相容れない。できれば、距離を置いておきたいタイプなのだ。

それに、上司の紹介で誰かと付き合うなんて、面倒臭い。結婚願望のない那央にとっては、別れたら二度と会うことのない人が、一番の好みだ。

「それなら、今夜空いているか」

「……ほらっ! 千帆ちゃん!」

「はい? ……はい!」

那央に背中を叩かれて、千帆は慌てて返事をした。切れ長の涼磨の双眸がスッと細まり、背中を何かがゾクッと這い上がる。

「では、19時に地下駐車場で。これが僕の連絡先。プライベートだから、他の人には知らせないように」

「……はい」

胸元から取り出した手帳に数字を書きつけると、涼磨はそれを破いて渡した。待ち合わせがうまくいかなかったときや、急用が入ったときのためと考えたのだろう。

機密事項の書かれたメモだ。千帆は、慎重にそれを折りたたむと、自分の手帳にしまい込んだ。

涼磨はそれを確認すると、資料室の奥からファイルを1冊抜いて去っていった。それが、当初の目的だったのだろう。

千帆は、メモを挟んだ手帳を忍ばせた胸元を左手で押さえながら、涼磨を見送った。心臓が、ドキドキと早鐘を打っている。

これが、千帆の奇妙な婚活の始まりを告げる音だった。