「……私、ここのお皿を使うの、初めてです」

「そうか」

涼磨は、わずかに目を見開いた。涼磨にとっては、数千円の皿は、幼い頃から普段使いしていたものなのだろう。

輸入食器屋に勤めているのだから、千帆の方がおかしいのかもしれない。

けれど、実家では、近所で売っている安物の食器ばかりだったし、値が張るものがあるとすれば、引き出物か何かのもらいものだった。それも、和製の陶器や漆器ばかりで、洋物はなかったように思う。

「君は、入社したときから、経理だったな。どうして、うちの会社に? 食器が好きか?」

「正直、入社するまでは、食器にも貿易にも、それほど興味はありませんでした。この会社に決めた一番の理由は、経理の仕事をさせていただけると確証が得られたからです」

「そんなに経理がやりたかったのか」

「……というか、営業とかは向いていないと思うので、どこに配属されるか分からないのが不安で。大学の商学部で会計の勉強もしていましたし、デスクワークは自分に合っていると思っています」

「細かいところまで気を配れる君は、経理に向いていると思う」

後ろ向きな理由で選んだ経理という仕事を評価されて、千帆の頬が赤らむ。そんなことを言われたのは、初めてだった。

「食器は、会社に入ってから少しずつ勉強していますが、まだまだ分からなくて」

「経理だと、実際に商品を見る機会もないからな」

品番と価格など、数字だけ分かればできてしまう仕事だ。

「でも、きれいですし、見ていても使っていても幸せな気持ちになります。といっても、私が持っているのは、安いマグカップとケーキ皿くらいですが」