そこは、小高い丘というよりも、ちょっとした山のようなところだった。緑に囲まれた、くねくねと曲がる山道を登った先に、駐車場がある。
運転自体は至極快適だったが、精神的には疲れるドライブだった。暖房の効いた車内から出て、ひんやりとした外気を思い切り吸い込む。
車を降りて、コートを羽織ろうとすると、運転席から降りた涼磨がやって来た。
「コートを着てから、バッグを取ればいいだろう」
「あ、そうでしたね」
早く降りなくてはと気が急いた千帆は、バッグを持ったままコートを着ようとして、苦戦していた。
涼磨は、引っ手繰るように千帆からバッグを奪うと、背後にまわる。肘の辺りでもたもたと引っ掛かっていたコートの襟を持ち上げ、丁寧に引っ張り上げた。
襟を持った涼磨の手が、千帆の首の前まで来る。後ろから抱き締められているような姿勢に、千帆は息を止めた。
涼磨は、距離感が近い。パーソナルスペースが人より広めの千帆にとっては、緊張が募る。
ハッと気づけば、涼磨はスタスタと歩き始めている。千帆のバッグを持ったままだ。
「あ! 副社長は、コートを着なくていいんですか? それに、私のバッグ」
「そんなに寒くないし、重くもない」
涼磨は、片手にコートを掛け、急な上り坂を長いコンパスで力強く歩いていく。
あっという間に千帆との距離を離した涼磨は、ぼうっと突っ立ったままの千帆に気づいて、振り返った。
何も言わないが、坂の半ばでじっと待っている。透き通った冬の空に、その姿が滲むようだった。
瞬きをきつく一つすると、千帆は勢いよく駆け出した。



