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あれから、7カ月の月日が流れた。

純白のドレスに身を包んだ花嫁が、ゆっくりとバージンロードを歩いていく。

ここ、サンカトレア教会では、まさに式直前のリハーサルが執り行わられていた。

祭壇の前に立つ新郎新婦に、神父さんがカタコトの日本語で式の流れを説明していく。

私はヘアメイク担当の葵と共に、参列席からその様子を見守っていた。

「デハ………チョットカクニンシマス。シンロウノナハ、ムラセレイジ。シンプハ、センドウスズノ……デ、ヨロシイデスカ?」

「はい。その通りです」

答えたのは、タキシード姿の零士だった。

零士は退院した後、葵の協力で無事鈴乃さんとの再会を果たし、こうして、今日の日を迎えたのだ。


「ソレデハココデ、チカイノキスヲオネガイシマス」

零士は神父さんの言葉に頷くと、鈴乃さんの肩に手を置いて、ゆっくりと唇を重ねた。

5秒………10秒………15秒。

まだ、キスは続いている。

「ねえ、ちょっと長すぎじゃない? 何やってんのかしら、あの男」

思わず口に出すと、

「まあ、舌が入ってないだけマシなんじゃない」

と、葵は面白そうに笑っていた。


「ハイ、オツカレサマデシタ!」

結局、神父さんの掛け声でキスは強制終了となった。




…………



「麻里奈!」

リハーサルが終わり控え室に戻ると、零士に声をかけられた。

「おめでとう、零士。今日は素敵な式になりそうね」

「おう、ありがとな」

「でもさ……」

「ん?」

「さっきリハーサル見せて貰ったけど、誓いのキスはちょっと長すぎよ。見てるこっちが恥ずかしかったわ」

「そうか? 普通あんなもんだろ?」

しれっと言ってのける零士。

「そんな訳ないでしょう! とにかく、本番はもっと短くしなさいよね」

「分かったよ。覚えてたらな」

なんて、笑って言っているけれど、どうせ直す気なんてないのだろう。

ふと、鈴乃さんに視線を向けると、彼女は友達カップルからの祝福を受けて涙を流しているところだった。

「ホントに綺麗な花嫁ね。まるでどこかの王女様みたい」

私が思わず口にすると、零士が「だろ?」と言って、嬉しそうに笑った。

そして、いつものようにデレながら惚気話を始めた。

「鈴乃は色も白いし、気品のある顔立ちしてるだろ? だから、ドレスが全部似合っちゃってさ、決める時大変だったんだよ。肌が綺麗だから、もう少し背中の開いたドレスはどうかって言われたんだけど、これ以上男の目を惹いたら困るからさ、それは俺が却下して」

「ねえ、零士」

「ん?」

「その話、いつまで続くの?」

「え? まさか退屈だった?」

「うん。悪いけどお腹いっぱい」

いくら今日がおめでたい日とはいえ、ここは遠慮なく言わせてもらう。

「あっそう。なら、鈴乃の写真でも見るか? 気に入ったのあればやるから、好きなの選んでいいぞ」

今度はスマホを出して、鈴乃さんのドレス姿の画像を嬉しそうに見せてきた。

恐ろしいことに、100枚近くも同じような写真が並んでいる。

「いや………いいよ」

私は零士の手にスマホを返した。

見るだけでも時間がかかりそうだし、イチイチ感想を求められそうで面倒だ。写真だったら後でプロが撮ったものを貰えばいいと思った。

けれど、零士は、「遠慮するな」としつこくスマホをよこしてくる。

「遠慮なんかしてないってば」

「いいから見ろよ。ほら、すっごく良く撮れてるだろ?」

「いやいや、ホントに大丈夫だから」

とこんな風に、二人でスマホを押しつけ合っていると、葵が笑いながらやって来た。

「ずいぶんと楽しそうだね」

「笑いごとじゃないわよ。助けてよ、葵」

「いや、ムリ。零士の『鈴乃病』はちょっとヤバいから」

「おまえ、変な病名つけんなよ」

クスクスと笑う葵を零士が軽く睨む。

この二人は、すっかり親友関係に戻った。
最近、葵は彼氏ができて、とても幸せそうだ。

だから、次は私の番だと零士は言う。

零士は入院中から、『遠慮しないで兄貴のとこに行け』と何度も言ってくれたけど、私は頑なに断ってきた。

零士達の幸せを見届けるまでは残ると決めたからだ。

先月、零士と鈴乃さんがめでたく復縁して、結婚相談所の仕事も鈴乃さんが引き継いでくれた。

ようやくこれで私の役目は終わりだ。
この挙式を見届けたら、私も英士と幸せになろうと思う。

もうすぐ、仙台から英士がやって来る。
彼の顔を見るのが、とても待ち遠しかった。


「あっ、そう言えばさ」

葵の声にふと我に返る。

「な、何よ、葵」

「いや、さっきね、教会の前に不審な男がうろついてるって、スタッフの人達が話してたんだよ。ドラマだと、花嫁を奪いに来た奴だったりするけど、何だったのかな」

葵が軽く笑う。

「それ、本当か?」

零士は真剣な顔つきで、葵の腕をギュッと掴んだ。

「えっ……あっ、いや、大丈夫だよ、そいつは60代くらいの男だって言ってたから、別に花嫁を奪いに来た訳じゃ」

慌てて訂正する葵を残し、零士は勢いよく廊下をかけ出して行った。

「ねえ、葵」

「ああ……とにかく追いかけよう」


急いで外に出てみると、少し離れた木のかけで、年配の男性が招待状を握りながら零士に土下座をしていた。

一体何があったんだろう。
葵と顔を見合わせ、気づかれないようにそっと近づいた。

「今更なのは分かってる。虫のいい話だって百も承知だ。だが………どうしても娘の花嫁姿が見たいんだ。娘の式に参加させてもらえないだろうか」

必死に懇願する白髪混じりの男性は、どうやら鈴乃さんのお父さんらしい。

今日は鈴乃さんのお兄さんがバージンロードを歩く予定だそうだけど、何か複雑な事情でもあるのだろうか。

「ホントに今更ですよね。あなたが鈴乃にしてきたことは、こんな土下座のひとつじゃ消えませんよ」

零士が冷たい口調で言い放つ。

「ああ…分かってる。確かに鈴乃には申し訳ないことをした。でも、決してあの子を愛してなかった訳じゃないんだ。妻はとにかく嫉妬深い奴で、前妻に瓜二つの鈴乃を昔から目の敵にしていた。だから、私が鈴乃の肩を持てば、妻が鈴乃に何をするか分からないと思ったんだ」

「そんなの言い訳にしか聞こえませんよ。他にいくらだって方法はあったでしょう!」

感情的になる零士に、鈴乃さんのお父さんはひたすら頭を下げて謝り続けた。

「すまない。本当に申し訳なかった。私は最低な父親だった」

零士は大きくため息をつく。

「それでも……あなたは鈴乃にとってはたったひとりの父親なんです。本当は鈴乃もあなたに式を見て貰いたいと思ってるんですよ。だから、私はあなたにその招待状を送りました。もう二度と鈴乃を傷つけないと約束して下さい。それが、式に出てもらう私からの条件です」

「分かった。約束する。ありがとう、村瀬くん」

鈴乃さんのお父さんは泣きながら立ち上がり、零士と共に教会へと入って行った。

私も葵もしばらく言葉が出なかった。

「鈴乃さん、大変な生い立ちだったのね」

「そうだね」

「彼女には、これからたくさん幸せになって欲しいな」

「うん。それは麻里奈もだよ………ほら、行ってきたら?」

「えっ?」

葵の視線の先を見ると、そこには英士が立っていた。

「英士………」

「麻里奈」

それは、7カ月振りに見る愛しい笑顔だった。

「英士!!」

思わずかけ出して、英士の胸へと飛びこんだ。

「麻里奈、今度は一緒に帰ろうな」

「うん」

私は幸せいっぱいに頷いたのだった。



 ~麻里奈side終わり~