「ちょっと他の教室に用があるから」


「わかった」


茜ちゃんは下駄箱のところでそう告げ、違う階段を上っていく。
続いて私がいつもの階段を上ろうと廊下を曲がったとき、近くでは信じられない光景が広がっていた。


「一人だけ休みやがって!」


「裏切り者!」


縮こまって震える女子を取り囲んで罵声を浴びせる。
先生は罪状というものを読み上げた。


この生徒は仮病を使って休み、卒業式だけは出ようとしました。


「この裏切り者には、ゆっくり傷付いてから死んでもらいましょう」


皆いつの間にかナイフを持っていた。
そして、振りかぶる。


ダメ!


引き返した私は人の壁を突き飛ばし、女子の前に立つ。
何本かのナイフが私の体に当たった。


「何であなたが……まあいいでしょう。きっと痛みに堪えきれず離れていく。そして現実を知るの。離れたらとどめをさしましょう」


私は離れない。この子の命は奪わせない。


一斉にナイフが飛んできて、刺すというよりぶつかってくる。服を着ているところならいいけど、顔や膝は傷が増えていく。
これでは不十分だと思ったのか、ある男子が重そうな箱を持ち上げ、足元を狙って投げてきた。


直撃し、重い痛みが骨に響く。じゃらっと金属同士がぶつかる音がしていて、あれが重い理由がわかった。
足が後ろに滑り思わず膝を折りそうになったけど、こらえてまた足を伸ばす。
立って、刃を受けるんだ。


ある男子がナイフを拾うついでに私の腕を刺した。そして血がついたナイフを引き抜いた後、ぎょっと顔を仰け反らせてから私に向かって投げ捨てた。流石に怖かったのか。


ナイフが尽きてくると落ちているナイフを拾おうとするので、足で振り払い妨害する。すると箱を投げた男子が、突然来てなんなんだよと私を羽交い締めにした。足が浮いた私に群がる生徒たちは面白そうに手を伸ばす。

それに抵抗して、この手足が触れるものは火事場の馬鹿力で殴り尽くした。つま先であごを蹴り上げ、かかとを手の甲に落とし、後ろの頭は爪でひっかり回した。


恥を忘れて暴れ続けた結果やっと振り払うことができたから、落ちていたナイフを振り回して威嚇した。食いしばった歯の隙間から唸り声と荒い息がもれ、一部が怯んで距離を置く。


「頭おかしいぞこいつ……」


今まで優しくしてくれた人たちを守れず、ただ怯えているだけだった。最後に抗えた結果おかしいと罵られたならそれでいい。

生まれつきの性格を理由に生き残るなんて、自分一人だけ生き残るなんて嬉しくない。
私はもう女子らしい女子と言われなくてもいい。人を見殺しにしない私になれるならなんだってしてやる!


私を羽交い締めにした上本気で殴りかかってきた拳を避ける。この男子が単純な力では一番だ。狙いをつけ、拳を止ませるためにナイフを振り下ろした。


避けられて一本線を引いただけだったけど、すかさずもう一度突きつける。怯んだりはしなかった。だって自分の身がかかっているから。こうするしかないと思えば迷うより先に動いていた。


根性のあるやつは私を押さえつけようと取り囲み、怯んだやつは違う方向から女子を狙ってくる。
私は女子のそばに駆け寄り、飛んできた石を叩き落とした。骨と石がぶつかって激痛が走る。
こんなこと続けていられない。二人でどう逃げ出そうか……。私、走るの遅いし傷も負っているからもっと遅くなる……。


あっ、この石にぶつかる。
けど避けたら下にいる女子に当たる。私は避けず、石を睨んだ。
もう少しで落とせる……!手を上げ落とそうとした直前、急速に顔に向かってくる。


覚悟したけど、ボコッという音だけで何の痛みもなく石が落ちた。


帽子のつばに当たったらしい。


「しぶといな……邪魔なんだよ!」


誰かがあの重い箱を持って、私に投げた。


それは頭に直撃し、私は体を壁に打ち付けた。
ずり落ちたものの、腰を地面につけることはなかった。足は曲げても立っている。


「あら、結構時間が経ってる。遊びすぎたわね。もう動けないだろうから向こうで処理して」


うっすら目を開けると、先生が爆弾を渡していた。
ああ……今日で終わるんだ。


私は目を閉じた。そのとき……。


「何をしているんだ!」


先生ではない、大人の声……誰かのお父さんかな?


「これは……!?」


他の人も駆け付けたみたいだ。
早めに来た保護者が気付いてくれた。


「さっき来たら、その……生徒が……」


先生は生徒に擦り付けようとした。すると保護者の非難が集中する。


「大丈夫かい?意識はある?」


下の子は私の下から抜け出した。下の子は動けていることを確認すると、こっちの子は大丈夫か、と言った。


もう大丈夫だ。私、最後に何か出来たかな……?
意識を手放した。