卒業式は市民会館で行われることになった。
多くの生徒を失った合唱は良いとは言えない。まだ練習し始めた頃の方が良いくらいだ。
音が揃っていなくても、全員で歌えるなら……。


桜が一つ、二つ、散ってしまう。
薄い桃色の花弁が私の掌にのってきた。花弁からふと目を離すと、いつの間にかあの人がいた。


「春哉……?」


「よっ」


変わらない、いや、少し大人っぽくなった晴哉がいた。


「あのさ、高校どこ受けたんだ?」


「東阿瀬だけど」


「そっか。なら別々だな」


「うん。家近いし会おうと思えば会えるけどね」


こんな風に聞いてきたってことは、幼馴染としての関係は消えてないんだ。付き合う前に戻るだけ。うん、期待はしない。


「あなたが岩手さんですか?」


「はい」


「あっ、お邪魔だったかしら?」


スーツを着た女の人は晴哉を見ると、はにかんでそう言った。


「大丈夫ですよ」


「そう……私、家瀬 輝前の母です」


心臓が大きく動いた。


「輝前がお世話になったと聞いて、お礼を言いたかったんです」


「いえ私は……守りきれませんでしたから」


家瀬さんのお母さんの真っすぐな視線から目をそらした。生き残った私を恨んでいるはず、助けられなかった私を恨んでいるはずと思ったから。


「合唱コンクールや体育祭の時も、助けていただいた、と輝前が話していました……」


「それでも目標にはたどり着かなくって……!」


家瀬さんのお母さんの言葉を遮る様に声を上げた。


「輝前、今までのクラスでは、責められることが多かったんです。それでも岩手さんは諦めず、親身になって教えてくれたと……」


そんな風に言ってくれたんだ。余計に悔しくなってきた。


「私こそ家瀬さんにお礼を言わないといけません。家瀬さんはっ……自分を犠牲にして、私を助け……」


のどに何かがつっかえて、声にならなくなった。


「合唱コンクールでも体育祭でも、結果に満足できないかもしれあせん。それでも自分の結果を認めてほしいと思います。優秀賞を取れて嬉しいと思った人もいるし、あなたに助けられて今生きている子もいますから……」


足りない、こうじゃないと思っていたけど、一応結果は残せているんだ。


「あっ、すみません、長話してしまって……」


「気にしないで下さい。輝前さんの話が聞けてよかったので……」


家瀬さんのお母さんは頭を下げてから、足早に去っていく。歩く姿がふらふらと不安定で心配になった。