「……現実の私も、欲しがりだったらどうします?」

「最高じゃないか」



笑みを含んだささやきとともに、こめかみへくちびるを押しつけられる。



「で、欲しがりな真崎さん。プロポーズの返事を聞かせて?」



言われてパッと、身体を離す。

きょとんとしている社長に、わざとらしいくらい満面の笑顔を返した。



「それは、仕事のあとに」

「……え? 本気か?」

「本気です。まずはお仕事です」



まだ顔はほんのり赤いだろうけど、キリッとした表情を作って社長の腕の中から抜け出す。

社会人たるもの、こんなことをしていて遅刻なんて許されない。しかも、いち会社の社長と秘書が。



「だいたい社長は、いつも言動が突飛なんです。き、キスとか恋人らしいこといろいろする前から、プロポーズなんて……」

「じゃあそれ、今ここで全部済ませるか?」

「そういう話ではなくて!」



再び熱を持ってしまった頬を見られないように、社長の背中にまわって寝室から押し出そうとする。

だけどふと、思いついて。されるがまま部屋を出ようとしていた社長へ、背伸びをして耳打ちした。



「プロポーズは、ともかく。私も社長のこと、だいすきですよ」



バッと、勢いよく社長が振り返る。その頬にほのかな赤みがさしているのを確認し、私はしてやったりとにんまり笑った。

……のも、束の間。



「──上等だ。今夜は、自宅に帰れると思うなよ?」

「ひえ……」



付き合いはそれなりに長くても、キスより先にプロポーズしてしまうようなこの人には、まだまだ私の知らない顔があるらしい。

まずは、名前を呼んでもらうところからお願いしよう。今日はきっと、素敵な夜になる。










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