……しかめっ面は、仕方ない。

自分の本当の気持ちを隠すために、わざと作った表情だ。

そんな私の気も知らないで、のん気に、この人は……。



「……別に、毎年私なんかにわざわざ強請らなくたって。桐島社長なら他に、いくらでもチョコレートをくれる女性がいるでしょう」



ふいっと視線を逸らしながら、つい、そんなつぶやきが漏れてしまった。

本当は、バレンタインチョコなんて渡したくなんかないのに。受け取ってもらう瞬間、いつか自分の気持ちも溢れ出て伝わってしまうんじゃないかって、こわくてたまらないから。

そんなに、甘い物が好きなのだろうか。まあたしかに、脳を働かせるために糖分摂取は重要ではあるけど。


思わずくちびるを尖らせていた私の横顔に視線を感じて、なんだろうと思いながら首の向きを戻す。

なぜか、ものすごく呆れた表情で社長が私のことを見つめていた。



「それ、本気で言ってるのか?」

「え? 何がですか?」

「……真崎は仕事の上では優秀だが、たまにとんでもなくポンコツだよな」

「はあ?!!」



聞き捨てならないセリフをため息混じりに落とされて、つい部下にあるまじき声をあげてしまった。

それでも社長はまったく気にした様子を見せずに、スッとベッドから立ち上がる。



「真崎。きみ、ここにわざわざ俺を起こしに来るの、面倒だろ?」

「え?」



唐突すぎる問いに、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。

目の前まで来た桐島社長が、私の返事を待つように黙ってこちらを見下ろしている。その近さに居心地の悪さを感じながらも、口を開いた。



「ええ……まあ、正直に申し上げれば」



面倒というか、本音を言うと、ドキドキしてしまうから嫌なのだ。慣れたつもりではいるけれど、やっぱり、想いを寄せる人の寝室に入ってその寝顔さえ見ることが許されてしまうこの“仕事”は、ハッキリ言って心臓に悪くてたまらない。

その少し乱れた髪を撫でてあげたい。寝起きの掠れた声で名前を呼んでほしい。

ここに来るたびにわき上がる邪な感情を、いつか彼本人に知られてしまうことを私はおそれている。