大方、ゆうべまた遅くまで何かと仕事をしていたのだろう。彼が私を目覚まし代わりに呼ぶのは、だいたいそんな日の次の朝だ。

わざわざ前日から連絡寄越すくらいなら、ほどほどで切り上げて早めに就寝すればいいのに。

ベッドボードにあったエアコンのリモコンを手に取って、暖房をつけながら小言を漏らす。



「社長、睡眠はちゃんととってください。疲労がかさんで倒れられでもしたら非常に迷惑です」

「手厳しいな。そんなツンツンした言葉じゃなく、『あなたに何かあったら私泣いちゃいます』とか言えないのか?」

「私がそんな寒気がすること言うとでも思ってるんですか?」

「寒気って……まあ、想像つかないな」



淡々と言い放つ私のセリフに渋い顔をして、ベッドから足を下ろす。

いや。座るんじゃなくて、さっさとシャワー浴びて出勤の支度してほしいんですけど。

賢い彼は、私の言いたいことはわかっているはずだ。なのにそれをガン無視で、ベッド上で折り曲げた右脚で頬杖をつきニッコリと笑う。



「ところで真崎(まさき)は、今日は何の日か知ってるか?」



いや、だから出勤準備……と言いたいところをグッとこらえ、代わりにまたひとつ嘆息する。

肩にかけたバッグの中を漁り、目的のものを掴んで桐島社長の前へと差し出した。



「はい、どうぞ。……バレンタインデー、ですよね。ちゃんと今年も用意してますよ」



有名なショコラトリーの名前が入った、ボルドーの箱。こげ茶色のリボンがシックで、中身もなかなかにおいしそうなものを選んだつもりだ。

社長がじっと私の顔を見つめるから、少し怯む。それから社長は、なぜかぷっと吹き出した。



「な、なんですか?」

「いや。そんなしかめっ面、おおよそバレンタインデーには似つかわしくない表情だなって」



そう言ってくつくつと喉の奥で笑い、彼は私の手から箱を抜き取りながら「ありがとう」と口にした。

なんだか、馬鹿にされたようで釈然としない。その心情がまた顔に出ていたのか、私を見上げる桐島社長はおもしろいものでも見るように目を細めている。