濃いブラウンのドア横にあるチャイムを押して、姿勢を正す。

20秒。40秒。……1分。

しばらく待てども何の応答もないことに盛大なため息を吐き出し、私はつい先ほどエントランスでも使用したばかりのカードキーをコートのポケットから取り出した。

まあ、わかっていた。わかっているけれど、毎度期待してしまうのをやめられない自分は諦めが悪いのだろうか。

難なく開いたドアの向こうに身体をすべり込ませ、パンプスを脱いでから慣れた様子で玄関を上がって進む。

まっすぐ向かうのは、目的の人物がいると思われる寝室。“思われる”というか、ここまで反応がないということは実際まだそこにいるのだろう。

タワーマンションの一角に位置するだだっ広い2LDKは、男性のひとり暮らしとしては持て余し気味なんじゃないかとここへ来るたびに思う。

特に、ミニマリストなのか単にこだわりがないだけなのか、極端に持ち物が少ないこの上司にいたっては。



「失礼します」



家の奥にある寝室のドアを、一応声はかけながらも躊躇なく押し開ける。

最初こそ気が引けて戸惑っていたものの、何度も繰り返すうちにいちいち神経をすり減らすのは無駄だとすっかり開き直ってしまった。部下としてこの態度はどうなのかとたまに頭をよぎりはするが、当事者である上司はまったく気にしていないようなのでよしとしている。



「社長、起きてください。もう出社するお時間です」



部屋の中ほどにあるベッドに近づき、こんもりと盛り上がったあたたかそうな羽毛布団に向かって声をかけた。

私の呼びかけに反応し、こちらに背中を向けていたその人物が小さくうなりながら寝返りをうつ。

視界に現れたのは、見慣れた美しい顔。仕事中ならば鋭い眼光を放っているそのまぶたはいまだしっかりと閉じられたままで、私は再度深くため息を吐いた。