でも有馬は何も答えない。
まるで久保さんの声が聞こえなかったように、ぼんやりと手元のお弁当を見下ろしている。
「部長……?」
久保さんの不思議そうな呼びかけにも、わたしや柳瀬くんの視線にも反応を見せない有馬。
「ナーウ」と猫の鳴き声が下から聴こえてきてようやく、有馬は我に返ったように顔を上げた。
「……え? あれ、ごめん。なにか言った?」
ちらりとテーブルの下を覗くと、有馬の足元に猫はいた。
我が物顔で自分の毛づくろいをしている猫は、いったいいつからそこにいたのか。
「あ。えっと、兄弟のことを話してたんです」
久保さんは机の下をのぞきこみ「おっさん、落ちたもの食べちゃダメだよ」と注意した。
猫が言いつけを守るとは思えないけれど、黙って見守る。
「大崎さん、兄弟ほしいんだ? やめとけやめとけ! 兄弟なんてそんないいもんじゃねーから。むしろ俺はひとりっ子がうらやましくてしょうがなかったね!」
柳瀬くんは明るく言って、大きな手ぶりで兄弟持ちの苦労をプレゼンし始める。
「うちの兄貴たちは俺のこと下僕かなんかと思ってんだよな。反抗すると本気で殴られるし。それにだいたい親って上の子優先だからさ、下は新しいものなんて買ってもらえない。それなのにあいつら、俺ばっか甘やかされてるって言うんだぜ? 俺のものは俺のもの、弟のものも俺のものって、ジャイアンかよって何度思ったか。あと食い物はまじで争奪戦。気を抜けばすぐ取られるし、自分の分もなくなっちまうから。兄貴と一緒に住んでて、ゆっくり飯食えたことなんて一度もねぇよ」


