「うちの家系は、みんな名前に生きるって漢字をつけてるんだよ。。ひいばあの名前は生枝。おばあちゃんの名前は生子。お母さんの名前は志生里。そしてわたしは、生。こんな名前をつけるから、ムダに長生きになっちゃうんだって思ってた。ずっと自分の名前が嫌だったんだよね」
だからいつからか、自分の名前をひらがなで書くようになった。
意地でも漢字で書くものかと、入学願書などの大事な書類もひらがなで出して、注意されたこともある。
「いい名前だよ」
「うん。いまはそんなに悪くないかなって思ってる。……っていうか、わからない?」
「なにが?」
「有馬ももしかしたら、長生きするかもねってこと」
わたしの言葉に、有馬は首を傾げる。
ぴんとこないようだ。
それもそうかもしれない。
漢字というものはひとつで成り立つはずのものがふたつみっつとくっついて出来ているものもある。
それをひとつずつ認識することは難しい。
たとえそれが、自分の名前であっても。


