不思議な毛色で、神出鬼没の奇妙な猫“おっさん”。
わたしの横を素通りし、甘えるように有馬の足にすり寄る。
「女を泣かせてるのか。やるなぁ坊主」
「泣かせてないよ。ああ、でも……なんだか、泣きそうな顔をしてるね。大崎さんそんなにショックだったの?」
言いながら、有馬は猫の首根っこをつかみ、ひょいと抱き上げる。
相変わらず雑な手つきだ。
でも猫の存在と声を意識すると、その雑な手つきは妥当な気がしてくる。
ショック。
そうか、わたしはショックを受けているのか。
でも何がショックなのか、どのことに傷ついているのか、自分でもよくわからなくなってきた。
「ああいう施設に入ったのははじめてだった?」
「……うん」
「色んなところがあるよ。柳瀬も言ってたけど、君もそのうち慣れる。ああでも、こんな言い方をすると君は怒るか」
小さく笑う有馬を見つめながら、立ち止まる。
「ねぇ。食べた?」
わたしの短い問いかけに、有馬の足も止まった。
少年と、猫が振り返る。
「大崎さん?」
「今日の分だよ。1日1回、1日分の命って言ってたよね。もう食べたの?」
有馬は表情を消し、わたしに向き直る。
猫はこちらをじっと見ながら黙っている。


