【樋口美咲】
雨が、全てを洗い流してくれるというのか__?
「それではスタートラインについて下さい」
失われていった、たくさんの欠片も。
この、不条理な運動会も。
私自身も。
それならそれでいい。溶けて無くなってしまいたい。雨と一緒にどこかに流されてしまいたいのに__。
目の前に差し出されたのは、1本のバトン。
残されたのは、私を含めてあと3名。あと2回、このバトンが粉々になる必要があるということ。
ゆっくり顔を上げると、うさぎが私を見ていた。
その目から、涙が流れている。
頬についている血の跡が、なぜか泣いているように見えた。誰の血なのだろう?どうして雨でも流されないのか?それは心が泣いているからじゃないのか?
私は静かにバトンを受け取る__。
それなのに、指がバトンを弾いてしまった。
手が、震えていた。寒いからじゃない。どうしようもなく込み上げてくるものが、指の先で暴れている。
外に出たいのだと。
叫びたいのだと。
両手を握り合わせても、激しい震えは止まらない。
バトンを拾ったうさぎが、改めて私にバトンを手渡そうとする。
叩き落としてしまいたい衝動を抑え、今度はしっかりと受け取った。
私は、生き残りたいから。
私は、死にたくないから。
だからスタートラインに立つ。
そこに、誰も居なかったとしても__。



