【立花薫】
私は振り返った。
戸田裕貴がスピードを上げて迫ってくる。
次の走者にバトンを渡す気がないことが、すぐに分かった。
急がないと__抜かれる⁉︎
私は力を振り絞って走るが、体が重い。
足も上がらない。雨風が視界を遮る。もう、逃げる体力が残ってはいなかった。
再び、後ろを振り返る。
「えっ⁉︎」
なぜか、樋口美咲が走ってくるところだ。
てっきり、裕貴が私を追い越す絶好のチャンスだと思ったのだが?
スタートライン付近で、安藤と裕貴が揉めているのが見えた。
そうか、だから助かったのか。
ホッとした瞬間、足を滑らせて激しく転倒してしまった。
肘を強(したた)かに打ちつけ、すぐには起き上がれない。
口に泥水が入り、吐き出そうと咳き込む。
視界の端に、小汚い靴が見えた。
顔を上げると__美咲が立っている。
バトンを握りしめ、青白い顔で私を見下ろしていた。
私を、さも気の毒そうに。
「早く追い抜けよ‼︎」
怒声を上げるのは、裕貴だ。
それはそうだろう。私は立てない。それは、転んだ痛みだけじゃなく、もう気力がなかったからだ。また立ち上がり走り出したとして、それはいつ終わるのだろう?
そんな思いに全身を掴まれ、囚われていた。
一方、美咲はあと2、3歩進むだけでいい。
それだけで、私を失格にすることができる__。



