足を痛めていたことを微塵も感じさせない、アスリートのフォームだった。


正直、あのリードを逆転することは無理だと誰もが思っていた。


それなのに、美咲はぐんぐん距離を詰めていき、追い抜いたんだ。


もし邪魔されなかったら、間違いなく1着でゴールしていたに違いない。


隠れた才能はしかし、非凡な努力の賜物だった。


「美咲は小学生の頃から、喘息だったのよ」


その頃からの付き合いだという、伊藤明日香は唯一、美咲の脚力に驚いていなかった。


「成長するにつれ喘息は治ったけど、それからずっとジョギングを欠かさない。雨の日も雪の日も、美咲は走り続けてるの」


旧知の友が明かす真実は、にわかに信じ難いものだった。


でも__美咲が備え持つ【芯】の強さは、その日々の積み重ねが裏打ちされた結果かもしれない。生まれ持った才能なんかじゃないのか。


少し、樋口美咲に対する見方が変わった。


今も静かに奈々の罵声を浴びている。果たしてなんと言い返すのか?奈々にも非があることをみんなに訴える?投票されないために?失格者とならないために、なすり付けられた罪を押し返すのか__?


「なにも言うことはないわ」


美咲は、それだけ言うと席に座った。