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「たまに一緒に遊んでたよな。これからはお前さんの婚約者だから」

 祖父の志郎が小さな女の子の肩に手を置いて、一路に薦める様にして目の前に立って言った。

 3年前の夏の日。扇郷家で毎年恒例の食事会。知り合いの家族を招待し、夕食後に庭で花火を楽しんでいる時だった。

 突然の志郎の言葉に一路は直ぐに状況を呑み込めずに棒立ちになっていた。右手に持っている花火がバチバチと明るい閃光を放っている。それが手に伝わってくる事だけ感じていた。

 志郎の前に立っている理麗は、自分にとって重大な約束事が行なわれているのも判らずに、キョロキョロと視線を動かしている。

 理麗と同じく、そこで何が起こっているのか理解出来ない一路の弟や理麗の妹弟は、花火を持って周りではしゃいでいる。その無邪気な声が一路の耳の奥で反響していた。

 一路は親達へと視線を向けた。一路の両親と祖母、理麗の両親と祖父も了解済みだといった笑顔を浮かべてこの場を見守っている。

 一路は小学5年生。婚約者という言葉は知っていたが、それが具体的にどういう事なのかは理解していなかった。目の前にいる2つ年下の理麗には尚更の事だろう。

 理麗の祖父、正造が、

「一路くん、理麗とこれからも仲良くしてやってくれな」

 と、笑顔で近づいて来た。

 その時、持っていた花火がプスプスといって消えて行くのが手に判った。いつもは何も感じないのに、何故かその時は鈍い思いが広がった気がした。

 一路は言葉を出せずに、ただ祖父達の顔を見ている事しか出来なかった。

 それでも一路と理麗はこの日から家族公認の婚約者となったのだった。