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その視線に飛び込んできたのは芹奈先輩の元彼とでも言うのだろうか。

見覚えのある顔。

きちんとスーツを着こなした男はスーツを着こなした女と話している。

あぁ、前も確かこの辺だったよな。


芹奈先輩は相当、あの人が好きだったんだろうか。

いや、それ以前に、あの人が彼氏だったとか、別れたんだとか何も聞いてもいない。

むしろ聞けるはずがない。


よく考えて見れば俺は、この人の事を何も知らなかった。

世間が騒ぎ立てる程の先輩の事を、俺はただ興味なさげに耳に入れてるだけで、むしろ右から左と言う感じで会話が流れて行ってたからだ。


「気分、悪い?」


あの光景を見て何を考えたんだろうか。

そんな俯く先輩に俺は、掛ける言葉なんて体調の面しかない。


「あ、ううん。大丈夫」


平然を装って言った言葉なんだろうけど、全然大丈夫そうには見えない。

むしろ、隣が俺で悪かったな。としか、思えない。


「ほんとかよ、」

「ほんとに大丈夫。ってか、ごめん。腕すごい濡れてる」


芹奈先輩の手が徐々に俺の腕に伸びて来る。

反射的に自分の腕に視線を送ると同時に芹奈先輩の手が滴を払おうと俺の腕に触れた。


その手が自棄に冷たかった。


細い指が俺の肩から腕にかけて滑り出す。


「あー…大丈夫だから」


傘を反対の手に持ち換え、俺も同じように腕についた滴を払う。


「制服まで濡れてる」

「気にすんなって。アンタが濡れるよりマシ――…」


「…透哉っ、」


俺の声を勢いよく遮ったのは甲高い声で。

その俺の名前を呼び声に、反射的に視線がその方声と向いた。