「何やってるの、そのぼんくら! 姫様を助けなさいよ!」

 切りかかってきた男の剣を短剣で弾いたものの、圧倒的にジゼルの方が分が悪い。振り下ろされる剣を短剣でまた受け止めるものの、防戦一方に回っている。

「——まさか、ディアヌ姫を殺そうとする気概のある者がこの城にいたとはな!」

 あざけるようなノエルの言葉に、切りかかってきた男は反論しようとしたけれど、その反論は、あっという間に打ち消されてしまった。

 ジゼルに先手を取られたものの、ノエルの腕も確実だった。右に左にと巧みに打ち込み、男を追い詰めていく。

 一息に命を奪わないのは、たぶん彼から何か聞き出そうとしているからだろう。

 ディアヌにとって、自分の情けなさを思い知らされる時でもあった。

「——連れていけ!」

 何度かの打ち合いの末、勝利をおさめたのはノエルだった。ジゼルは彼の短剣を床に置いた。

「勝手に借りたことと、今、床に置くのは謝罪するわ。でも、素手であの男に立ち向かったら切られていたのは私の方だし、短剣をあなたに向けたと苦情を言われても困るから」

 用心深くその短剣を拾い上げたノエルは嘆息する。

「まさか、俺の剣を奪うとはね。まあいい——たしかに、あなたが俺の短剣を抜かなければ、誰かが傷ついていただろうから」

 それから申し訳程度に二人に一礼したノエルは、再び歩き始めた。

「裏切者と呼ばれるのはどんな気分ですか?」

「当然の言葉ですわ。私は国を売って、自分の身の安全を図った——王家の歴史書にもそう書かれるのでしょうね。最後の王女は、家族を売り渡したと。私はそれでかまいません」