クラーラ院長が、ディアヌの肩に手を置く。

 自分は勝手なのだと、ディアヌは思った。ラマティーヌ修道院を放棄せざるを得なかったことよりも、周辺の住民が避難せざるをえない状況の陥ったことよりも。ルディガーがいなくなることを恐れている。

「ルディガー様、攻めますか」

「——ああ。すぐに準備を」

 ノエルの問いに、ルディガーは軽くなずいた。傍らで院長は、テーブルの上に絵図を広げている。ラマティーヌ修道院の絵図だ。

「敵も、ラマティーヌ修道院にこもりきりではないと思う。盗賊の襲撃を避ける程度のことはできても、訓練された兵士を相手にしては、守り切るのはむずかしいということはわかっているだろうからね」

 十年以上を過ごした場所だ。絵図を見れば、修道院の光景をありありと思い描くことができた。

 幼かったあの日。物置に隠れて、怯えていた。あの日の記憶が脳裏によみがえる。あの時、初めて人が死ぬのを目の当たりにしたのだった。

 あの時と同じように。絵図をもってルディガーのもとに向かった時のように。また、自分は何もできないままなのだろうか。

「ルディガー……いえ、陛下」

 言葉が出ない。思わず彼の名を呼びかけて、慌てて唇を結ぶ。彼の名前を呼ぶなんて——。

 だが、ルディガーは何の心配もないというように微笑んだだけだった。

「大丈夫だ。これで、けりがつくと思えばいい」

 実際、彼は不安など覚えていないのだろうけれど。