わたしは単純だなって思う。

晴れた日が好きだし、雨は嫌いだし。
春が好きだし、冬は寒くて嫌いだし。
ヒットしてる曲が好きで、人気のある漫画が好きで。
雑誌に載ってる服はかわいいって思うけど、個性的な着こなしなんてできない。

わたしが好きで選んだのか、みんなが好きだから好きだって勘違いしてるのか。
だけど単純に、いいなって思うんだもの。


わたしは単純だなって思う。
告白はいつだってしていいはずなのに、バレンタインに踊らされるなんて。

スーパーで買ったありふれたチョコレートと生クリームで作った、単純なハート型の生チョコ。
ピンクのリボンをなんとか結んだこれは、きっと、世の中のチョコレートでは、中の下くらいの出来だと思う。


バレンタインは一年で一番寒い季節で、防寒重視のコートと最近撥水が悪くなったブーツで、さらさらした雪を踏みしめながら歩く。
何もかも最悪のコンディション。

だけど、

「おはようございまーす!」

あなたは、こんな寒い雪の日でも、やけどしそうな夏の日でも、いつだって変わらない。
徒歩通勤のわたしには、ご縁のないガソリンスタンドで、ご縁なんてないわたしにまで、毎朝笑顔で挨拶してくれる。

そんなあなたをいいなって思ったわたしって、本当に単純だなって思う。

ああ、どうかどうか、顔が赤いのは氷点下の気温のせいだと思ってください。

「おはようございます。……これ、どうぞ!」

驚いた顔のあなたに箱を押し付けて、滑りそうな雪道を小走りで逃げる。

仕事中にごめんなさい!
言い逃げしてごめんなさい!

「あの!ちょっと!」

足の遅いわたしは、そんなに遠くまで行けなくて、仕事で鍛えられたハリのある声が、古びたブーツを止める。
大股でやってきて簡単に追い付いたあなたに、マフラーで隠した口元から声を張った。

「返事も、お返しも、いりませんから!渡したかっただけなので!」

「そうじゃなくて」

ハリの抜けたやさしい声が、すぐ近くでする。

「名前教えてください。あと、できれば、連絡先も」

わたしって、単純だ。
冬も雪もガソリンスタンドの制服も、今この瞬間、大好きになった。

「あーあ、包装紙、濡れちゃった」

ありふれた生チョコに帽子をかぶせて、自分は型のついた髪の毛を雪にさらす。
そんなあなたが、やっぱり好きです。





end