「もう、限界だ……」


私は、左手薬指の指輪をそっと外した。


大きなため息が出る。


過去、何度か危ないことはあった。


子ども達を妊娠している時も、危機的状態に陥ることもあったが、なんとか指輪を外さなくてすんだ。

意味はちょっと違うかもしれないが、産後クライシスも乗り越えた。


なのに今回は。

どうしてこんなことになっちゃったんだろう……。

耐えられないくらい、悪化させてしまった……。



私は、思い当たることを探し出すために、胸に手をおいて考えてみた。



今年の梅雨あたりから、私は気分が落ち込むことが多かった。

3月くらいはとてもやる気に満ちあふれていた。

やりたい事も沢山でてきて、実際に新しく始めたこともあった。

それが急にしぼんでしまった。

今までにないようなテンションの上がり方だったので、その反動がでたのだろうか。

空気の抜けたボールのように、まったく弾まず。へこんでいた。

それに加え、この夏の暑さだ。

ダブルパンチだ。


気分もへこみ、体調もすぐれず、イライラすることが多くなった。

ストレスだ。


これだ、これがいけなかった。

ストレスをうまく発散できず、やってはいけないことで爆発をさせてしまった。



今さらだが、後悔ばかり浮かんできた。

あの時、あんなことをしなければ、今、こんなに悲しい思いをしなくてすんだのに……。



私にとって指輪は最後の砦だ。

貴金属は全部外さないといけない検査の時ぐらいしか、結婚指輪をはずしたことがない。

それだけ大切な物だ。

長年つけ続け、もう体の一部と言ってもいいくらいだ。



世の中には、早くに結婚指輪を外し、新しい指輪につけかえる人も多いようだが、私は嫌だ。

歳を重ねても今の結婚指輪をつけ続けたい。



あまり貴金属を身につけない私は、指輪を自分で買うということはほとんどなかった。

なので、結婚前に宝石屋で指輪を選ぶのは、とても新鮮だった。

小さいけれど、石もついているし、指輪の裏側に文字も掘ってもらった。

うれしいけれど、少し恥ずかしい気持ちもした。

大事にしようと心の中で誓った。




私は鞄から、もらってきた用紙を広げる。

説明をよく読んで、埋められるところから書き込もうとする。

でも、ペンが進まない。

本当に私にできるのか?

まだ幼い子どももいる。

お金や時間の問題もある。



悶々とした時間が流れて行き、どうにも八方ふさがりの状態になってしまったので、私は腹をくくった。

相談しよう。

子どもの事もあるので、同居している義母に聞いてもらおう。

なによりも、指輪を外した経験者である。



“自分”ではなく、“知り合いの知り合い”という形で、義母に話をしてみた。

「お義母さん、ちょっと話を聞いてください……」




静かに聞いていた義母は言った。

「子どもがまだ小さいんだったら、他にも方法があるんじゃないかしら」

やはり、考えていた通りの答えだ。

娘がもう少し大きければいいのだが、まだ2歳だ。

ママ、ママと甘え盛りだ。



聞きづらかったが、指輪についても聞いてみた。

結婚何年目で外したのか。


「15年目くらいかしらね」


たしか、義母は25歳くらいで結婚したので、40歳くらいで結婚指輪を外したのか。

今の私と同じくらいだ。



40代というのは、変化の年なのだろうか。

若いときとはいろいろと変わってくる。

自分自身もだが、関わってくるものもかわってくる。

身軽に行動をうつしにくくなってくる。



ふむふむと、私がいろいろと考えていたときに

「Y(私の息子)がね」

と義母が思い出したように言った。

「お母さんが4kg太ったって言ってたけど、元が細いからそうは見えないわね」



……あぁ、知っていたのか、お義母さん。

……息子よ。なぜペラペラそういう事を言いふらすんだ。



もう、いいや。全部話そう。その方が楽だ。

人に言った方が、減量もうまくいくかもしれない。



「そうなんです。この夏に太ったんですよ」

と私はせきを切ったように話し出した。



妊娠していたときは10kg近くは太ったのに、指輪をなんとか外さなくてすんだこと。

(たぶん、お腹の方に増加が集中し、指周りはそこまで肉がつかなかったと思われる)



今回は、3、4kgにもかかわらず、太り方が若いときとちがうこと。

むくむ様な太り方で、指輪がきつくなり、指に食い込み赤くなってしまったこと。

このままつけておくと、皮膚科のお世話にならないといけなくなりそうだったので、外したこと。

それでスポーツジムとか、ヨガとか通うか迷っていたこと。

それらを一気に話した。

スッキリした。



「背中に肉が付いたら、落ちにくくなるわよ~」

と、脅された。


「どうしようもなかったら、2時間ぐらいならS(私の娘)を見ててあげるわよ」

と、義母が言ってくれた。

ありがとうございます。





とりあえずは、甘いものと炭水化物を控えることと、一日一万歩歩くことから始めることにした。


薬指の赤いかぶれが治った後、もう一度結婚指輪をはめる時私の体はどうなっているか。

駄目だったら、なし崩しのように体重の増加の危険性がある。

結婚指輪の外れた薬指を見ながら、今日もこつこつ歩いている。