「佐野主任?寝てましたよ?」

 目を開けた先には覗き込む黒谷の微笑んだ顔があった。
 手を伸ばして腕の中に引き寄せる。

「佐野主任?」

 驚いたような声だって愛おしくて。
 現実だと噛みしめるように腕の中の温もりを確かめる。

「夢……見てたな。」

「怖い夢だったんですか?」

 微笑んでいる黒谷が頬に手を添えて軽く唇を触れ合わせた。

「いや。その夢じゃなくて。」

 可愛い黒谷にキスを返して抱き締めた。
 俺の夢は、腕の中で黒谷が俺を見て微笑んで……叶わない夢のはずだった。

「朋?」

「ん?どうしました?広晃さん。」

 朋と呼ばれ、はにかんだ黒谷が俺のことを広晃さんと呼ぶ。

 たまに名前で呼び合うなんて、まるで中学生みたいだ。
 だけどやっと手に入れた俺の大切な……。

「愛してるよ。」

「もう。」

 照れたような黒谷の首すじにキスをする。

「ま、待って。」

「待たない。」

 未だに…現実なのか、夢オチにならないかって不安だと言ったら笑うんだろうな。
 どれだけ俺が黒谷朋花っていう女に溺れてるか知らないだろ。

 肌と肌が触れて2人が混ざり合って境界が曖昧になるこの瞬間が……ずっと2人が1つに混ざり合って離れられなくなればいい。

「広晃さ、ん………。
 ずっとこうしてて……。」

「………朋のエッチ。」

「ちがっ!だって……広晃さん……。
 いつも余裕そうだから…たまに不安で……。
 ひゃっ。待って、まっ……。」

「黒谷は魔性だなぁ。」

 そっと肌に触れ、全身にキスを落とす。
 そして、こいつは俺のモノだって印を…。

 余裕そうにでもしてないと年上の威厳ってものもあるだろ?

 他の男に渡したりしないと思っていた。
 それなのに元彼に会うって言われても何も言わない。言いたくないんだ。

 なんだろうなこの気持ちは。
 信じてるなんて陳腐な言葉じゃ俺の気持ちは言い表せない。

 だけど敢えて言うなら……。
 黒谷を信じたい。信じていたい。

「このまま離れたくないなぁ。」

 本音がこばれて、しまったと心の中で焦っていると黒谷のらしくない言葉。

「もう。
 広晃さん。大好きです。」

 思わぬ言葉に胸が甘く疼く。
 もう一度、抱き締めて「ったく。可愛い奴」と呟くと、そのまま口づけを交わした。

 夢のような時間が覚めないように、黒谷を離さないように、見つめあって、それから微笑みあった。
 キスをして肌に触れて、また甘い甘い時間へ。

 夢も希望もないはずの結婚。
 黒谷となら…………。

 紙切れ1枚のことがものすごく重要に思える今の俺は、やっぱり黒谷に溺れているんだろうな。