俺も今年で30か……。

 佐野広晃30歳。
 濃い顔立ちと…まぁ恵まれた外見のお陰で遊ぶ女には困らない。

 ただ…さすがに30歳になる。
 結婚には夢も希望も持ち合わせていないが、まぁそろそろ世間体もあるしな。


 今後の身の振り方を考えていた30歳になろうとする年の4月。
 新入社員の歓迎会が行われた。

 部長の長い話も終わり、めいめいに近くの者との交流を深める頃。
 新入社員の中でも美人でどちらかと言えば近寄りがたい黒谷が思いもよらないことを口にした。

「大学卒業の時に別れた彼が忘れられなくて。」

 冗談で「恋人はいるのか?」って聞いただけで……真面目かって。
 心の中で茶化すのに、黒谷の寂しそうな顔に心が揺れる。

 だからいつもの軽口に本音が混じった。

「黒谷は俺にしとけ。
 俺が面倒見てやるよ。」

「佐野さん!
 それ今日だけで何人の子に言いました?」

 近くにいた倉橋に突っ込まれて、いつもの台詞が口からこぼれた。

「まだ3人だ。」

 ハハッ。何をマジになって……。
 そうだ。俺は誰にでも「俺と付き合う?」とか言うような軽いノリの男だろ。

 倉橋に突っ込まれなかったら、いつもの冗談じゃなく新人歓迎会ってことも忘れて本気で口説くところだった。

 待てよ。おいおい。俺、正気か?

「ふふ。佐野さん。
 私、間に合ってますよ?」

 なっ……笑った…………。

 人を寄せつけない凛とした顔。
 元彼のことを話す寂しそうな顔。
 そこからの…この顔は反則だろ。

 いや。待て待て。新入社員だぞ。
 どれだけ歳が離れてると……。

「黒谷なら……。」

「ん?なんですか?」

「いや。なんでもない。」

 黒谷なら……。

 今まで本気になれた女なんていない。
 それが……。

 黒谷なら、黒谷さえ側にいれば……。
 心によぎった考えを自分自身も信じられなくて見て見ないふりをした。