「泣いたりしてすみませんでした。
 もう。大丈夫ですから。」

 体を押して、佐野主任から離れた。
 いつまでもここにいてはダメだ。

 ドアにかけた手に力を込めた。

 隆弘とはダメだった。
 一度ダメになった関係はやはりダメなものなのか………。

 ううん。本当の理由は分かっている。
 だからといって佐野主任の幸せを邪魔することはできない。

「勝手に話を完結させるな。」

 覆いかぶさるようにドアに手をかけた佐野主任が開きかけていたドアを閉めた。
 そしてロックする。

 そのままドアにかけていた手をつかんだ佐野主任は朋花の手に唇を触れさせた。

「答えてもいい。
 どうして迎えに来たのか……。」

 ずいぶん前の質問を持ち出して、それなのに手へのキスはやめない。
 慈しむように、けれど大人の男の色気を漂わせて手にキスをする佐野主任は知らない男の人のようだった。

「あ、の……。もう帰ります。」

 顔を上げた佐野主任が苦笑して頭をかいた。

「迎えに来た理由だけでも聞いていけよ。」

 見合いをするから最後にからかいに来た。
 そんなことを言う人じゃないとは思う。

 それでも聞いちゃいけない気がした。

「もういいですから。」

 隆弘とダメだった理由。
 隆弘と会っていても違う人の顔が思い浮かぶから。
 呆れたような、けれど優しい顔の……。

 今さら気づいたところで、もう遅い。
 これ以上、佐野主任に甘えてはダメだ。

「……車に乗ってきた黒谷が悪い。
 それに……俺なら黒谷を泣かしたりしない。」

 抱き寄せられてもう一度キスされそうになって、胸をたたく。

「佐野主任こそお見合いでも何でもして幸せになってくださいよ。
 誰のせいで泣いたと………。」

 急に動きが止まった佐野主任を見上げると目を見開いて驚いた顔をしていた。

「俺……なのか。」

 呟いた佐野主任と目が合って、それから抱き締められた。

「悪かった。泣かせないなんて……。
 いや……まずい。喜んでるわ。俺。」

 クククッと笑い出した佐野主任に苛立ちをぶつける。

「泣かせないって。
 俺なら泣かせないって言ったくせに。」

 まだ笑っている佐野主任は笑いを噛み殺したみたいな声で告げる。

「俺を想って泣いたなんて……やっぱり黒谷は魔性だな。」

「そんなんじゃありません。」

 お互いにいつもの調子が戻って悔しいけど居心地がいい。

「いいから俺にしとけよ。
 待つって言っただろ?見合いは蹴るから。」