仕事が終わると佐野主任と連れ立って居酒屋に来ていた。

 カウンターの隣に座る佐野主任を横目で観察する。
 佐野主任は黙っていればかっこいい。
 だけど隆弘みたいにじろじろ見られたりしない。

 どうしてだろう。

「佐野主任ってあまりキャーキャー言われませんか?」

「なんだ。その質問は。
 俺がモテないとでもいいたいのか。」

 苦笑しながら佐野主任は焼き鳥を咥えた。
 その姿だって、かっこいいと言えばかっこいい。
 隆弘とは種類が違う人だけどモテそうだ。
 彼女が2、3人居そうだけど。

 かっこいいのにとは言えなくて黙っていると佐野主任が何か考えてから軽い言葉を投げてきた。

「俺は隣にいる奴しか目に入ってないって分かるからだろ?」

「……冗談はいいんで。」

「冗談で捉えるならそれでいいが、俺は不特定多数にフェロモン出せるほど器用じゃないだけだ。」

「…私に出てます?」

「気づかないとは鈍感だな。」

 いつもの戯れ合いが心地いい。
 ジョッキを傾ける佐野主任の袖口がキラリと光った。

「そのカフスボタン素敵ですね。」

「ん?あぁ。」

 カフスを外して手にした方を「ん」と朋花の前に差し出した。
 その下に出した手へ渡してくれる。

 手に触れないように渡す佐野主任はいつもの佐野主任だ。

 それなのに触れそうで触れない距離感にドキッとした。
 そういえばイメージと違って女の子にむやみに触らない人なんだよね。

 だから頭を撫でられたりするのはあれが初めてで……。

「なんだ。
 そんなに気に入ったのならやるぞ。」

 ぼんやり見つめていたらしくて勘違いした佐野主任がくれると言う。

「いえ。もらえません。
 こんなに素敵なカフス。
 誰か大切な人にもらったとか。」

 言ってからしまったと思った。
 佐野主任の呆れた視線が痛い。

「俺は黒谷に素敵なカフスボタンですねって言われただけで毎日でもカフスのシャツ着そうなのにな。
 黒谷は本気にしたんですか?って笑うんだろうな。」

 私が言っただけで毎日カフスだなんて。
 そんなわけないよ。そんなわけ……。
 そう思うのに「ごめんなさい」と口から出ていた。

「黒谷が謝るとは珍しい。」

 くつくつと笑う佐野主任にホッと胸を撫で下ろした。

 今のこの関係のままでいたいと思うけれど、それはワガママなんだろうな。
 フェロモンは不特定多数には出せないって言っていた。

 私のことをなんとも思わなくなったら、こんなに優しい佐野主任と接することも出来ないかもしれない。