佐野主任といると変なことを考えなくて済むから本当に本当に助かった。

 駅前の居酒屋。
 カウンターに並んで座る。
 お洒落なところじゃない気軽なところが気を張らなくて済んで居心地が良かった。

 何杯か飲みながら仕事の話や未紗の話、誰か紹介してやるのか?という話など、たわいもない話をした。

「吉原はたぶん井村が狙ってる。
 あんまりいい男を紹介してやるな。
 井村はいい奴だから見守ってやってくれ。」

「お父さんみたいですね。佐野主任は。
 井村くん私も見かけたことあります。
 いい子そうですよね。」

 そっか。未紗は可愛いからな。
 すぐにいい感じになるよね。

「俺はそんなに年寄りか。」

 佐野主任は頭をかいて苦笑した。
 よく見るなぁ。その顔。

 ジョッキを空ける佐野主任はお酒が強い。
 だから私も安心して飲めた。
 やっぱり飲めない人にとってはお酒が強い女性って引いちゃうかなという心配があって。

「黒谷はどうなんだ。
 入社当時は大学卒業の時に別れた彼が忘れられなくてなんて泣き言を言ってただろ。」

 そんな話もしたなぁ。

 そこから励ますように「黒谷は俺にしとけ。俺が面倒見てやるよ」って言われて、周りから「佐野さん!それ今日だけで何人の子に言いました?」「まだ3人だ」なんて。

 笑ったなぁ。そこからもう5年も経ってその間に佐野さんは佐野主任になった。
 5年も経つのに未だにからかうのをやめない佐野主任もなかなかだよね。

「それが最近、その人にばったり会っちゃって。」

 お酒を飲んでいたからというのもあるし、佐野主任は話しやすい雰囲気があった。
 だから入社当時にも隆弘のことを話しちゃったし、今も何も気にせずに口からこぼれていた。

「そうか……。
 お節介かもしれないが、つらくなるならやめとけよ。」

「ふふっ。だから俺にしとけ?ですか?
 今日は何人の子に言いました?」

 隣の佐野主任に目をやると優しい顔で微笑んでいた。

 そ、その顔は見たことないかも。

 動揺から急いで視線を外すと見た通りの優しい顔から出たであろう優しい声色。

「馬鹿。黒谷だけだ。」

 ………そ、うだね。
 休日出勤で今日は何人にも言うほど女の子に会えてないしね。

 頭をぐるぐるさせていると隣から手が伸びてきて頭を撫でた。
 思いのほか大きな手で男の人だと思い知る。

「黒谷が冗談で捉えるから、それでいいかって俺もあぐらかいてたかな。
 俺なら元彼みたいに黒谷を泣かせたりしない。」

 ずるいよ。
 何も知らないのに分かっているような口ぶり。

 何故だか涙が出て「おいおい。本気で泣くのか」と呆れたような優しい声がした。