「最後まで付き合わせて悪かったな。
 奢るからどうだ。1杯。」

 ジョッキを傾けるジェスチャーをした佐野主任に「すっごくいいもの食べましょう!」と話に乗った。

「吉原といい、黒谷といい、お前らは俺のこと財布としか思ってないのか。」

 苦笑する佐野主任だけど、部下を食事に連れて行く時は必ず奢ってくれるらしくて案外佐野主任は慕われてるんだよね。

「そのヘアクリップ付けたままで行きます?
 似合ってるからいいと思いますけど。」

「あぁ。忘れてたな。取ってくれるか。」

 体を屈めて頭を下げた佐野主任からヘアクリップを取った。
 気づかなかっただけで髪はところどころに白髪混じりだった。

 苦労しているのかな。
 白髪になるにはさすがに早いよね。

 そう心の中で憎まれ口をたたくのに、屈んだ時にふわっと香った男の人の匂いにドキドキした。



 お手洗いに行ってから下りますと佐野主任と別れてトイレに向かった。
 鞄の中で携帯がメールを受信していることに気づいて、開いてみる。

 隆弘だった。

『昨日はごめんな。
 今から昨日のお詫びできないかな?
 用事は済んで空いてるから。』

 用事は済んで………。
 奈々と並んで歩く隆弘が思い浮かんで胸が痛い。

『ごめんね。休日出勤をしてて今から上司と駅前に飲みに行くことになってるの。』

 予定があって良かったかもしれない。
 今からじゃ隆弘に会って笑顔になれる自信はないし、かといって断る勇気だってない。

 嘘が上手くなって駆け引きできると思っていたのに、そんな余裕はどこにもなかった。