ファミレスで待っているとほかほかとした湯気を立てた隆弘がやってきた。

「ごめん。女の子を待たせるなんて。
 さすがに汗臭くて。」

「ううん。湯冷めしない?」

「大丈夫だよ。いつものことだから…って会ったばかりなのに話しやすくてタメ口でも良かったよね?」

 そう笑う隆弘に本当に覚えてなんだなぁ。
 と不思議な気持ちになってそれからやっぱり寂しかった。

 大切なこととか、あとは忘れたいようなことを忘れるって聞いたことがある。
 前者だといいけど、別れたんだからそんなわけないよね。

「ジムは体験だったんでしょ?始めるの?」

 食事を注文して、それは変わらないメニュー。
 から揚げ定食にミートドリア。
 食べきれるの?って量をぺろりと食べて太らないから憎らしかった。
 しかもその後に必ずデザートも食べるんだから。

 懐かしいけど、それさえも口に出さずに返事をした。
 覚えていない人に話しても困るだけだと思うから。

「始めようか迷ってて。
 ちょうど職場からアパートまでの帰り道で通いやすいし、運動不足だから。」

「職場はどこなの?って聞いて良かった?」

「えぇ。柏木ハウス。
 そこで事務をしてるの。」

「一流企業じゃないか。」

「隆弘は…ってごめん。
 私も呼び捨てで良かった?
 大学の頃はそう呼んでたから。」

 口元を手で覆った隆弘が手をパタパタしながら訴えた。
 その姿がすごく新鮮だった。
 あんまり照れたりした表情を見せる人じゃなかったような…。

「さすがに恥ずかしいよ。
 まずは隆弘くんで頼む。
 なんていうか、すっごくタイプでさ。
 こんな子と知り合いだったなんて未だに信じられてないくらい。」

 ヤダ…。そんなこと付き合っていた頃に言われたことなんて無い。
 こっちこそ恥ずかしい。

 すっごくタイプって自惚れちゃいそうだよ。

「じゃ隆弘くん?」

「はい。」

 にっこり微笑んだ隆弘に胸が痛くなって思い出が美化されたんじゃなくて、やっぱりあの頃の笑顔だって思った。

 大好きだった笑顔。

「それで、本当にごめんね。
 名前って聞いてもいいかな?」

「そっか。私こそ気づかなくてごめんね。
 黒谷朋花です。
 朋花って呼んでたけど、呼びやすい呼び方でかまわないわ。」

「呼び捨てだったんだー。
 俺って勇気あるんだな。
 朋花ちゃんでいい?」

 朋花ちゃんなんて呼び捨てよりも何故だか不覚にもときめいてしまった。
 この歳でちゃん付けなんて。
 隆弘も案外可愛いなって予想外の感想を浮かべた。