自分から振った彼は記憶の彼方へ。
 反対に振られた彼のことは何度も何度も思い出す。
 思い出は美化されてるって分かっているのに、どうしても思い出してしまう。

「久しぶりだね〜。元気にしてた?」

 大学時代の友達。関口翔子。

 ここはビルの最上階。
 開放的なテラス席もあるバー。
 仕事帰りに会おうと集まったのだ。

「お前と隆弘の方が結婚すると思ったのによ。」

 懐かしい名前を上げるのは森本瑛士。
 翔子と私、黒谷朋花とそれに瑛士。
 天体観測サークルだったメンバー。

 そして藤田隆弘。
 もちろんサークルには他にもたくさんいて、だけど隆弘は忘れられない人だった。

 唯一、振られた人だから。

 モテたからというわけじゃなく長続きしなくて自分から別れを告げることが多かった。
 そんな私が珍しく続いた大学生の頃に付き合った彼。

「朋花はいっつも隆弘といたもんね〜。」

「そうそう。
 2人の世界をすぐ作っててさ。」

 そうだったかなぁと笑って誤魔化す。

 大学の頃は自由な時間は持て余すほどにあって、自由になるお金も多少はあった。
 だからいつもいつも一緒にいて、その頃の思い出には漏れなく隆弘がついてくる。

「仕方ないよ。振られたんだから。」

 そう。そして振られたのだ。
 一緒に居過ぎたねって。

 一緒にいて何がいけないの?って当時は分からなかった彼の気持ち。

 今なら……今ならきっと上手くいくのに。

 大人になってあの頃よりも化粧も上手くなって、その分、嘘も上手くなった。
 きっと彼を飽きさせないくらいに駆け引きだって出来る。

「あいつ朋花のことすっげー好きみたいだったのによ。
 振ったこと後悔してんじゃね?」

 そんなこと言われてもどうにも出来ない。
 振られてすぐ、就職と同時に連絡先も住む場所も何もかもを変えて私の前から消えた。

 近しい友達にも連絡先は知らせてなかったみたいで、何より振られた身の自分が必死に居場所を知ろうとするのはおかしかった。
 だからそのまま……。

「もう昔のことだよ。」

「だよね。もう5年も前だもんね。
 朋花もいい加減、彼氏作りなよ。」

「うん。分かってる。
 もういいよ〜。私のことは。」

 本当は忘れられない。

 今でも思い出して涙を流すこともあるくらい。
 だけど…そんな心配させるようなことは言わない。
 大人になるって色々な物を体から削ぎ落としていくことだって知った。

 せっかく久しぶりに会えたのに暗い話はしたくない。

「翔子達こそ大学の頃は犬猿の仲だったくせに、いつから結婚するような仲になったの?」

「それはね〜。」

 案外、仲が悪かった方が、翔子達みたいに上手くいったりするのかもしれない。