気の乗らない用事だから仕方がないのだけれどいつも以上に青白い顔をして、いつも以上に背中を丸めて、不幸感で全身をまといながら彼はマーチンのパンプスではなく以前急な不幸の時に買ったらしいローファ―を玄関で履いていた。
 
「親戚って、どこの人なんですか」
私が訊ねると、彼は宙を仰いで地名を思い出そうとするようにしばらく苦い顔をしていた。えっとね、なんか西の方のさ、なんだっけ。立川じゃなくて……。そう言われ、私は「八王子?」と聞いてみる。
「ううん、八王子は通り過ぎるんだよね。昭島とかでもなくて、何だっけ。何かこう、西東京」
「奥多摩」
「分からないけれどその辺だよね、確か」
 
夕飯を一緒に食べると言っているから、帰りはかなり遅くなるのだろう。
下手をしたら今日は帰って来られないかもしれないと思った。
あちらの終電の早さと本数のなさは私の方がよく知っている。
上京してから最初の1年を羽村で過ごしていた。あれを東京と呼ぶのなら私の地元だって東京と呼んでもいいのではないかと思った。