犀麦の部屋はいつでもまるでモデルルームのように生活感がまるでない。

無印良品で揃えた家具がまるで無印良品のディスプレイのように正しく配置をされている。
遮光カーテンは年中閉め切っているし、部屋の明かりをつけることが嫌いな彼は間接照明しか使わない。酷く鳥目な私は彼の部屋でよく何かにぶつかった。
ソファの角に腰を打ったり、柱に小指をぶつけたり。
たまに床に転がったままのヘアアイロンを踏んだりもした。じゅっと嫌な音がして私がそれを理解してからようやく熱さと痛みを感じるようになる。

熱い、痛い。私がそう細い声で暗がりの中訴えても犀麦は滅多に起きて来ない。
定刻に起きて朝ご飯としてゼリー飲料をゆっくり飲み込んで洗顔と整髪を済ませてから、それでようやく「さっき、何だったの」と思い出したように言って来た。
「ヘアアイロン、また踏んだ」
私は火傷した足を犀麦に見えないよう隠しながら少し不機嫌だった。痛かったのだ。
犀麦が起きてこないから自分でヘアアイロンを手探りで消して電源を切ってテーブルの上に乗せて、それから風呂場から出てくる生ぬるい夏場の水で冷やしただけ。
多少の不機嫌は仕方ないと思ってほしい。

「加熱しておいて忘れるんだよなあ」と、犀麦は少し跳ねた前髪を指先でつまみながら私の方は見なかった。
でもおまえも気を付けろよな鈍くさいんだからとブツブツ言いながら、彼は最後まで私の方を見ないままで10時を過ぎる頃に出勤して行った。

白の無地のTシャツにグレーのロングカーディガン。
黒のスキニ―パンツにドクターマーチンのパンプスを合わせて、どっか適当なお店で買ったらしいトートバッグを肩にかけて、ボサッとした髪をワックスでかき混ぜて、カルバンの香水をシュッシュと3回。
それから思い出したように薬を3錠飲んでから、同じ棚に置いてある腕時計を左に巻いて、ソッから目薬を両目にさして瓶底の眼鏡をかける。髭は剃らないままだった。

「ぼくが働いている間にいなくならないでね」
そう言って扉を閉める彼の姿は私の好みそのもので、ああいいなあと思ってしまった。
とんでもなく駄目なクソ男と分かっていて、それでもだ。それでも犀麦はどうしようもなく私にとっては神聖な存在に思えて仕方がなかった。

こちらを見てもくれないような男だけれど、それでも私を繋ぎとめようとしてくれるような男だった。
好きだった。