月が綺麗ですね

いくら勧められても、ここは断るのが秘書としての常識だろう。

私は安堵のため息を漏らすと、水の世界を覇王のように気持ちよさそうに泳ぐ副社長に再び視線を向けたのだった。


が、ほっとしたのも束の間、さっきの従業員さんがティーポットとカップをトレーに乗せて再び姿を現わしたではないか。

驚く私に笑顔を向けると、ソファーのサイドテーブルにそれらをサーブし、

「どうぞ」

再び笑顔で私を見て来た。


「あ、あの...?」

「もし、進藤さまが飲み物を拒否したら、お茶を出すようにと言われております」


えっ...。


「恐らく、新藤さまが断ることを六ツ島さまも予想されていたのでしょう。ご伝言もございます」

「伝言...ですか?」

「左様です。『お茶を勧められたら素直に飲むように。そして、そんなにじっと見られていたら泳ぎにくい』だそうでございます」