月が綺麗ですね

「嘘じゃない。展示会にも足を運んだし、社内でお前とすれ違ったことだって何度もある」

「気づきませんでした」

「...だろうな」


副社長は残っていたビールを一気に喉へ流し込んだ。おもむろに立ち上がると、部屋に備え付けのカウンターバーの裏へ回り込み冷蔵庫へと向かい中から缶ビールを取り出す。


「お前を俺のそばに呼ぶのに一年だ。一年悩んだ」


そう言って、窓際へと歩き左手でカーテンをまくりながらガラスに寄りかかる。


恐らく秘書室制度への反発と、権限を行使することへの葛藤があったのだろう。


「俺は自分の中の禁忌を犯してしまった。お前を秘書にしたことに後ろめたさが無いわけじゃないんだ」


視線は窓の外に向けられている。その表情は私からは伺い知れない。

窓際に置いてあったローチェストに彼は腰掛けると、窓ガラスに頭をもたげた。


「行儀悪いが、許してくれ」


疲れが見て取れる。額を押えてうつむき小さくため息をつくとしばらく動かない。
大口さんのことを思い出したのだろうか?それとも、疲れがピークに達してしまったのか?


そんな彼を私は見つめる。これだけ私を想ってくれている人が目の前にいる。

副社長のことはまだ良く分からないけれど、この人の想いに応えてもいいのかも。そして私は彼のことをもっと知りたいと思い始めていた。