月が綺麗ですね

肩をすぼめて彼をそっとうかがうと、呆れたようにため息をついた。気まずい空気が流れる。


しばらくの沈黙の後にビールのグラスをテーブルに置くと副社長が話の続きを始める。


「あの時、俺は出張や残業が重なりおまけに睡眠不足で体力の限界だった。気力だけで何とかもたせていたんだが、あの日はさすがに目まいを起こして、壁に倒れ掛かっていたところにお前が通りかかった」


そうだ。それで私、思わず声を掛けたんだ。


「お前は買ったばかりのミネラルウォーターを俺に差し出してくれた」

「思い出しました」

「その後、俺を支えるようにしてソファーに座らせてくれた。そしてこう言ったんだ。『顔色がだいぶ悪いし、脂汗もかいてるから医務室へ行ったほうがいい』と。俺が断ると、『無理をしてもっと体調を崩したら他の人にも迷惑がかかりますよ』とな」


副社長はわずかに表情を緩める。


「俺に進言する女は久しぶりだった。飯塚も秘書室の女性たちもみな遠慮して俺に何も言ってこない」


そうだ。それから私はしばらく副社長に付き添っていたっけ。彼がガンとして医務室へは行かないと言い張ったから心配で放っておけなかった。