月が綺麗ですね

汗をかいたオレンジのグラスを指でなぞる。

手持ち無沙汰の上に、疲れていて頭がよく回らない。

加えて沈黙が苦しかった。


「お前と初めて会ったのは、そう...」


ソファーの背もたれに深く寄りかかりながら、副社長はゆっくりと喋り出した。


「一年前の展示会の時だ」


展示会?私は記憶を探る。一年前だと...横浜のホテルかな?


「あの時、お前は俺に『ご気分が優れないのですか?』と声を掛けて来た」


あっ。


「お前は自分の会社の副社長の顔を知らなかったみたいだな?」

「...申し訳ありません」


確かにあの時、社長の顔は知っていたけれど副社長の顔までは知らなかった。と言うか上層部の人間に興味がなかった。

さすがに社長の顔は知らないとマズいけれど、副社長の顔など知らなくても仕事に支障はないと思っていたから。