やけに冷たい水の底で、そっと呼吸を失うその瞬間に、君はそれが、夢の中だと知ったのだ。

子供のように泣きじゃくる細い肩を抱いて、あやすように髪を梳いたり、そっと背中をさすったりしていると、僕らは宛ら恋人のようだ。


「……溺れてしまうかと思ったの、」


か細い声でそう呟いて、僕のシャツをきゅっと掴んだ君の手は、微かに震えていた。こわかった、と泣く声が鼓膜を揺らして、なんだか居心地の悪い気持ちのまま、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。

なんて滑稽な夜だろう。


「もう少しで手が届いたのに、目が覚めてしまったから、また――」


きっとまた同じ夢を見るわと、怯えるように声を細めた君の瞳から、また新しい涙が伝って、僕のシャツの襟を濡らした。君はその細い指で、一体何を掴もうとしていたのだろう。


「ただの夢だよ。それに、溺れる手前で目が覚めたんだろう?」


ゆっくりと確かめるように、なぞるみたいにそう吐いた僕を、君の潤んだ瞳が真っ直ぐ捕らえた。それからまた、とても悲しい顔をして、「ちがうの、」と呟いた君の震える声と指先から、得体の知れない寂しさが僕の身体にまで乗り移ってしまいそうで、たまらず目を閉じた。


「溺れていたのは、あなただったのよ」


はっとして、目を開けた。相変わらず涙を零し続ける君の瞳に、無表情の僕が映っている。


「……もう少しで、手が届きそうだったのに」


優しい君は、そうしてまた同じ夢の中で何度もきっと、僕に手を伸ばすだろう。君がどれだけ悪夢を見ても、心のひとつも痛めずに、君を愛すことの出来ない男のために、冷たい水の底で何度でも、呼吸を失うための夢を見るのだろう。


「いらないよ、そんなの」


こんな風に抱き合って、いくつもの夜を並べるたびに、僕らは宛ら恋人のようで、それでも心を手元には置けない。

怒って泣いて突き放して、最低だって罵ってくれればよかった。僕に伸ばしたその腕を太陽に向けて、君は眩しい水面をただ、目指せばよかった。

それ以外に、救いなど無いのに。


「……もう少しで、届きそうだったのに」

「いらないんだ、そんなの」


やけに冷たい水の底で、そっと呼吸を失うその瞬間に、君はそれが、夢の中だと知ったのだ。


「……そんなところに、僕はいないよ」


耐えきれなくなって、どうにもならない腕にまた、力を込めた。窓の外には、もうすぐそこまで朝が来ていた。どこか遠くで聞こえる波の音に二人身体を預けながら、僕は閉じたまぶたの裏に、どこまでも続くひたすらな青と、揺れるマリンスノーを見た気がした。



【水底に見る夢は】

(魚は水槽を選べない、たとえ冷たい水が肌を裂いても。)