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ある日、私は、叔父の主催する社交界に招待されていた。


「お久しぶりです。叔父様」
「よく来たな、ハース。ずいぶん大きくなったな」
「嬉しいお言葉です。本日は、お招きくださり、ありがとうございます」


にこやかに私の目の前で微笑む恰幅の良い公爵は、母の弟、つまりは私の叔父にあたる人物だ。今日は、父は城の警備のために早朝から出仕し、母は友人達とお茶会、私はお付きの者数人と叔父の屋敷に来ていた。


「本日は、かなりの人数が来ているようですね」
「今日は、騎士と貴族と合同の社交界だからな。騎士と貴族とでは役割が違う。けれど、だからこそ、お互い交流を深めていく必要があるとは思わないか」
「確かに、そうですね」
「だからこそ、今日はお前を呼んだんだ」
「こちらこそ、このような社交界で重要な役割をありがとうございます」


実際、貴族は、騎士のことを国を守るために必要だとは考えているものの血を汚れに思っているため、あまりよく思っていない。逆に、騎士は国を守っているにもかかわらず、貴族からよく思われていないことを感じ取っている。その溝は長い歴史の中、暗黙の了解のように、存在している。彼は、生粋の貴族だ。父と母が婚姻したことで、騎士の働きを目の当たりにし、感銘を受けたようだ。騎士と貴族との架け橋になろうとしているようである。実際、彼は、私にも本当によくしてくれる。


なおも熱く語る彼の言葉に耳を傾けながら、屋敷の窓から外を覗けば、かなりの馬車が泊っている。それも、かなり裕福な家柄だと思われる。馬車は言うまでもなく、屋敷に入っていこうとする人の身なりを見れば、かなり高貴な家柄だと推測できた。そして、ふと何か違和感を感じて、彼に尋ねた。


「しかし、その割に、女性の列席者が多いように見受けられるのですが…?」


今現在見える範囲で確認しただけだが、それもほとんど令嬢だ。社交界で何度か見た顔もある。そんな私の疑問に、彼はあっさりと答えた。


「表向きは、そうなっているんだ。けれども、本当は、お前の婚約者候補を見つけようという話になっているんだ」
「…それはどういうことでしょうか?」
「お義兄さんの計らいで、そろそろ、ハースに婚約者を…と」


どうも話を聞けば、その通りらしい。父は、叔父が開く社交界を利用して、そのようなことを目論んでいたようだ。大方、社交界に出ても、一向に浮ついた話のない私を心配してのことだろう。14歳にもなれば、婚約者を持つことは珍しくもない。幼いときから、将来を誓い合い、一生の伴侶を得る。かくいう父も母と婚約をしたのは、14の頃だったと聞く。常々、誰かを守りたいと思うことが、騎士としての誇りだと言っている父だ。わからない話ではないが…。



思わず苦笑する。言い寄ってくる令嬢に、断りを入れることほど疲れることはない。しかも、その令嬢と婚約が目的だとは、正直、避けたいところではある。



どうすれば、この目の前の人物を説き伏せられるか…。少々心が痛むが、一つの答えを導き出し、私は言葉を紡ぐ。


「本日、私が社交界に出ると逆に騎士と貴族の溝は埋まらないような気がします」
「なぜだ?」


私の言葉に彼はきょとんとした。


「父上は、この国の騎士団の団長です」
「そうだな」
「そして、私は騎士団団長の一人息子。他の令嬢が放っておきません」
「もう一つの目的がハースの婚約者を探すことだからな」


ひとつひとつ確認しながら、彼は頷く。なぜ、いちいちそのようなことを言うのだとばかりに、不思議そうな顔をしていた。そんな彼に私は、一言添える。


「けれども、そうしたら、他の騎士のご子息はどうでしょう?」
「ほかの騎士のご子息…?」


考えてなかったともいうように、首をかしげる彼。


「おそらくですが、ほとんどの令嬢が私に注目してしまい、ほかの騎士のご子息は、交流する機会がなくなってしまうでしょう」
「…それは」
「ないとは言い切れないでしょう?」
「…そうだが…しかし…」


彼が何事か言う前に、私は言い切った。


「ですから、私は、本日、欠席という形で、屋敷の庭にいます」


にこやかに言い切った私を、叔父はぽかーんと見ていたが、やがて、叔父は、それもそうだなといって、それを承諾した。