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ここは、フィアーバとよばれる魔法の世界。レンガ造りの建物の中は火の魔法でほんのり明るく照らされ、雷の魔法で動く機関車。水の魔法で大地に雨を降らせ、土の魔法を使い人々は植物を育てるのだ。何の変哲もないただのガラスを美しいガラス細工に加工する際に出るガラスの破片が舞う風の魔法の美しいこと。人々は当たり前のように魔法を使い、人々の生活の中には魔法が根付いている。

そんな魔法の世界に生まれ落ちた私は、アリア・マーベルと名付けられた。幸いにもこの世界で名だたる名家であるマーベル家に生まれついた私は、生まれてから今日まで何不自由なく育てられた。端的に言ってしまえば、甘やかされに、甘やかされて育ったのである。そんな私も本日で、御年12歳。この世に手に入らないものはない、そう信じて疑わないほどだった。















…信じていたのである。…先ほどまで。


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事の発端は、私が癇癪を起こしたことである。12歳の私の誕生日会。蝶よ、花よ。で育てられ、傲慢に育ってしまった私は、自分の思い通りにいかなければ、すぐに癇癪を起こして、周りの人を困らせてしまっていた。この日は、自分のお気に入りのドレス、お気に入りの宝石を身につけて、自分の誕生日会で気分良く他の御曹司、令嬢に挨拶をしてまわっていた。その際に、とある令嬢が私に尋ねたのだ。


『アリア様は、魔法がお使えにならないっていうのは本当ですか?』


フィアーバに住む人々はみな魔力を持って生まれてくる。魔法が生活に根付いているだけあって、どんなに貧しい人でも、どんなに小さな幼子でも魔法を扱うことができるのである。しかしながら、私、アリア・マーベルは、魔法を使う以前に魔力が全くない。それを周りの誰からもとやかく言われたことがなかった。


『本当よ』


魔法が使いたければ、メイドや執事に頼めばすぐに叶えてくれた。だから、それを不幸だと
か、そんなふうに思ったことはなかった。


『そう、それは可哀想に』


けれども、私の返答に対して、彼女は私を哀れんだ。彼女としては、そんなつもりはなかったかもしれなかったが、私にはどうしてもそれが許せなかったのである。



『私を哀れむなんておこがましいわ!』


そういって、思わず彼女につかみかかろうとしたところで、自分のドレスの裾を踏み、床に頭を強く打ち付けた。薄れゆく意識の中で、私はあることを思い出したのである。










そう…、私の前世の記憶を。





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簡潔に思い出したものをまとめてみれば、どうやら私は地球という星の日本という国に住んでいたただの大学生のようだった。当時、21歳。毎日それなりに充実した毎日を送っていたようだが、ある日の飲み会の帰り道、夜道を歩いているところで通り魔に遭い、刺されたようだ。薄れゆく意識の中で、やけに月が綺麗だったのを覚えている。そのときに、私はその月に何かを願った。あれは、私は一体あのとき何を願ったのだろうか。




♢ ♢ ♢



…というところで目が覚めた。

まだぼんやりとする頭を押さえ、ゆっくりと体を起こせば、そこは見慣れた一室。

「お嬢様!!」
「ミーナ…」

声のした方を見ると昔から私のお付きをしてくれるメイドのミーナが心配そうに私に駆け寄ってくれるところだった。

「よかったです、目が覚められて」
「あれ?私…」
「レベッカ様が、お嬢様に失礼なことを言われて」

その…、と言いよどむようにいうミーナ。そんな彼女に対して、そうだ。そうだった。あの令嬢は、レベッカという名前だったと思い出す。確か、マーベル家よりも下の下級貴族のご令嬢ではなかっただろうか。

「あぁ、私に魔力がないってことよね」
「…はい」
「レベッカ様は?」
「…一度、領地に戻っております。お嬢様の目が覚めて、後日処罰は言い渡すといってあります」

ミーナは恐る恐るというように私に言った。

「なんで?処罰?」
「…お嬢様に対する失言罪です」
「必要ないわ。だって、事実だもの」
「…え?」

あっけらんという私に対して、ミーナは飛ぶペンギンでも見たように目を見張っている。この世にアリア・マーベルとして生まれてからペンギン見たことないから、この世界にペンギンがいるのかは定かではないけれども。


「だから、魔力がないのは事実だわ。たかがそれを言ったくらいで罪だなんておかしいでしょう」


私に魔力がないのは、転生の影響かはわからない。前世も当然だが、魔力なんてなかった。けれども、それで困ったことなんてなかった。記憶を思い出す前ならば、失言罪でお父様に頼んで、一家もろとも僻地に飛ばしていたかもしれない。現に、レベッカを一度家に戻して、わざわざ私の目が覚めるまで待たせていたということは、お父様は私の意見を聞き入れようとしていたのだろう。けれども、さきほど地球の日本という国で生きた21年分の記憶が入ってきた私としては、そんなことで罪だと問うのは違うと思うし、以前のように傲慢に振る舞うなんて持って、身が萎縮してできそうもない。そもそも、今回癇癪を起こした私が悪いし。うん、全面的に。


「…ですが」
「いいの。当の私が不問に処すと言っているのだから、お父様にもそう伝えて」
「…かしこまりました」


♢ ♢ ♢


丁寧に礼をし、お父様に伝えに行ったミーナを見送って、そっとため息。


「しかし参ったわ」


思わず独りごちて、ベットに仰向けに倒れ込む。


前世の私は、本当は違う世界の住民で、死因が通り魔による刺殺。それだけで、正直ショッキングな出来事なのに。まぁ、死んでしまったものはしょうがない。そのまま死んだままではなく、こうして転生できたのだ。違う人生だけれども、十分にラッキーだ。現世のアリア・マーベルとして、今度の生こそ最後まで天寿を全うしよう。


だから、それはもういい。私が、今頭を悩ませているのは、前世の自分が思い出したのは自分の死の原因だけではなかったのである。もう一つ重要なことを思い出した。これが、悩みなのである。


何を思いだしたか…。それは、その自分のルーツというか、習性というか、何というか。


一言で言ってしまえば、前世の私は「オタク」だったのである。アニメ、ゲーム、小説、漫画、とにかく、自分の好きな物に対しては、とことん追求するオタクだったのだ。


そして、オタクはオタクでも、男性同士の恋愛を愛好するタイプのオタク。


そう、属にいう「腐女子」という奴である。私が、頭を悩ましている原因はこれである。


「…貴族令嬢が腐女子だなんて」


まずい、絶対にまずい。いや、そもそも、こちらに腐女子という考え方があるのだろうか。


「…隠すしかないわね」


結論、このようになる。これはバレるわけにはいかない。絶対に、だ。


「…はぁ」


深くため息をついて、ふと窓の外を見る。すると、外は当に真っ暗で、窓に反射して、現世の自分の顔を捉えた。現世での自分は、自分でもそれなりに整った顔をしていると思う。


「う~ん」


よりよく見るために、周りを見渡せば、私が求めていたそれが見つかる。おそらく目を覚ました私が、身支度を調えやすいように近くにミーナが置いてくれたのであろう手鏡を取って鏡をのぞき見る。


「にしても、どこかで見たことがあるのよね」


亜麻色の軽くウェーブがかった長い髪に、エメラルドグリーンの瞳。桃色の唇はまだあどけない。
そう、前世の何かで…。


「…思い出せないわ」


しばらく考えて、お手上げだ。手鏡を元の机の上に置いて、ベットに、寝っ転がって天井を見上げる。


「それに、困ったわ…」


前世を思い出した私には、今の状況が耐えられない。というか、足りない物がある。


「萌えが足りないわ…」


ぽつりと呟いた言葉は、広い一室に思いの外大きく響き渡った。